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  • 2016.08.26 Friday
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一定期間更新がないため広告を表示しています


1000000HIT御礼。



当ブログ来場者数が100万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

ブログを始めてから4年と174日目にして、遂に念願の大台に突入する日がやってきて。
いやぁ何とも感慨深いもんでっス。
次なる大台一千万に届くにはこの調子だと後40年後、三十路が80歳を目前にする時なので
おそらく生きてる内に辿り着くのは無理だろうで、今回が最初で最後の記念になるかと。
ここ最近は毎日、消化出来なかった御礼独白&特集の連打更新でしたが、
まぁそんな思惑もあって、意地でこの晴れの日を迎えようと悪戦苦闘しておりました。
急ぎ足の更新で物足りなくも感じた方もおられるかもしれませんが、なにとぞ御容赦をば。

自作TOP画像にもな〜んにもキャッチが入っていないのでお分かりのように、
今回は特筆して語る独白などは何も御座いません。
ただただ万感の面持ちであり、皆様方のこれまでの御愛読にただ感謝するばかりです。
…ん?なんか文章が固いってか?
まぁそうだよなぁ、男が固くする必要が有るのはイチモツだけで十分だというのに(爆

ではでは皆様方、100万HIT本当に有難う御座います。
毎回読んでくれている方、たまに読んでくれている方、検索で一度だけ読んでくれた方、
色んな方がいらっしゃると思いますが、そのすべての人に心からの感謝の意を。
読んでくれて、ありがとう。


990000HIT御礼。



当ブログ来場者数が99万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

ふはは、追い付いたぜぇぇえ!
通常更新を休みまくっての御礼独白&特集の連打、ようやく最期の一打と相成りました。
念願の大台を眼前にしてやっと肩の荷がおりる、何とも感慨深い瞬間でありまス。
では最期の駄文、参りますか。

今回の独白テーマは「まえ」。
前に向く、前に進む。そんな事をこのブログでは事ある度に書き続けてきましたが、
その反面、逃げてもいい、とも事ある度に書いてきたのも事実で。
それって矛盾しねぇ?というツッコミ、今んとこ来た事はないけどそれも悔しいので(笑
改めてそこら辺の事に触れて、早九字散文の締めくくりとさせて頂こうかと。

前、自分がこっちだと思う人生の道、未来に繋がると思う方向、明日への扉。
そんなもんはたったひとつしかない訳じゃない。
ってもう書かなくてもいいかね?読んでる君も耳タコ、書いてる俺は指タコだよな(苦笑
逃げる事は「悪」ではない。
なんだろね、一度でも挫折したらもう人生の敗者決定ってな昨今の風潮は。
いいんだよ、逃げても。
イジメとか過労とかそんなもんからは逃げて良いんだよ。むしろ全力で逃げろって。
あのさ、本当に立ち向かわきゃいけないのは「自分の夢」にだけであって、
その夢すら、興味を無くしたり現実には実現不可能だったりした場合は逃げていいんだ。
それでも君は常に前に進んでいるのだから。
ん?と思った方。
それは今進んでる道から逃げて後ろを振り向いた場合、今度はそっちが前になるからよ。
その場から逃げたとしても、逃げた先がまた新しい道になるからなのよ。
傷付いて逃げたとすると、今度は傷付かない道を模索する日々が始まっている訳でさ。
人間は360度どこを向いて進んでも良い権利を持ってて、
人生は自分が向いた先が常に前なんだ。
何処に居たって、何処を向いたって、何処に進もうが、その先は常に「前」。
逃げるという事は、別の「前」に進む行為なだけ。
恥じる事は何にも無い。
胸張って全力で逃げて構いやしねぇ。しっかり逃げろよ!と檄を飛ばさせてもらうぜ。

問題なのはよ。
自分の中で、訳の分からん罪悪感を感じるなってこった。
今まで目指してきた道から逸れる、移行する、逃げる。そんな事はしょっちゅう有る。
その度に、自分は胸に決めたひとつの道を完遂出来なかった、自分はダメな人間なんだ、
そう思ってしまう事だけが真に愚かしいと言いたい。愚の骨頂も骨頂、真骨頂よ。
ドアホと呼んでやる。

そして言い訳はするな。
他人が決めた事に従っといて、後から文句や愚痴を言うってのは止めとけよと言いたい。
上手くいかなくなってから、だって私が決めたんじゃないもん、ってバカかと。
お前は、自分で決めない、という道を選んで進んだんだろうがって。
例えば会社。こうせよ、という方針が下りてきたとする。
いや、それって違うんじゃね?と思うのなら、実行に移される前にトコトン噛み付けよと。
で、最終的に命令だヤレ、となったらそれを自分の道とする「決意」をしろよと。
自分が交わらない他人の事なら、端で見てるだけでもいいが、
自分の進む範囲内で、やらなきゃならん事なんだったら第三者的に惚けて見てんなと。
だって〜かんけーないし〜、ってアホかと。
それは「無関係である」という道を選んで、そっちの方向に進んでいるだっての。
「流された」んじゃなく、流されようと自分で選んだ末の結果だっつうの。
お前が選んだ「前」なんだってぇの。
消極的であろうが間接的であろうが、自分で選んでる訳なんだから他人のせいにするな。

イヤなら逃げろ。
逃げる事は悪い事じゃない。踵を返した瞬間に即、別の「前」が開けるからな。
好む好まざるに関わらず、前に進まないのを他人のせいにするヤツはドアホゥってだけ。
イヤなら行くな。スキなら行け。たったそれだけの話。
シンプルだぞ?
ドコ向いても、ドコに向かっても、それは常に「前」であり、自分で選んだ「道」なのよ。
どうせ歩くのなら嫌々じゃなく他人のせいにしたりじゃなく、スキップしながらにしようさ。
何もしないから「前」に進んでいない訳じゃないぞ?
それは「何もしない道」という人生を、前に向かってジワジワ進んでいるだけの事。
ホントに前に進まなくていい時ってのは、死んだ時だけよ。
その瞬間が来るまで、人はどこをどう歩いていても常に「前」に向かって歩いてる。
ならば、よ。
ちゃんと自分で選んで、腹を括って、精一杯汗かいて、目一杯楽しんだ方が遙かに良い。
そう思うんだけどなぁ、あんまそれが伝わらないみたいでのぅ。
ま、伝わるまで書き続けるから覚悟しとけ(爆

人にとって「前」じゃない方向なんて無い。
どんな道を選ぼうが、どんな速度で進もうが、起伏に富んで進むのが辛かろうが、
その道の行く先が暗かろうが、その道の果てが明るかろうが、
進む先は常に「前」なんだ。
だから何も恥じる必要はなく、ど〜んと胸張って顔上げて、しっかり歩めばいいだけの話。
で、どうせ前に進むのなら、スキップスキップランランランと洒落込みましょうや?
訳の分からない重荷は捨てて軽やかに歩調を刻めば、人生もまた愉し、よ。



ではでは皆様方、99万HIT本当に有難う御座いました。
今月頭ぐらいにさ、ちょっと更新休んでる間に9000HITの日があって、
アレは何事かと思ったらまったまた「毛」ですよ、毛。
画像削除命令が出て消したのに、ホントにこのブログはマンゲブログですよ、永遠に(爆
毛以外で見てる人がどんだけ居るかは分からないのですが、そんな奇特な方々に
ここんトコの連打更新に長々とお付き合い下さりました感謝の言葉を最後に。


980000HIT御礼。



当ブログ来場者数が98万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

アクセス実数同期のため通常更新お休みして御礼連打の、季節外れな三十路狂い咲き。
ようやくアクセス実数の後ろ髪を捕まえました。いやぁ大変だったぜぇ…。
さぁラス2、参ります。

今回の独白テーマは「ある」。
在、という言葉はもう解釈もヘチマも関係ないたったひとつの意味、「ある」のみ。
そこに、ありのまま、ある。
シンプルだけど奥深く、哲学的で神学的ですらある言葉、在。
こういった単純な言葉について何か書こうとするのが一番難しいんだが、やってみよう。
三十路なりの「ある」論、手短ではありますがよろしくお付き合い下さい。

在る。
この言葉から察する事が出来る形態というのは「ありのまま」「そのまま」というトコか。
在るがままに在る。
こういった言葉は、例えば大自然に対する賛辞としては使いやすいんだが、
人間に使おうとすると途端に複雑怪奇な様相を呈してきて、何だか「鵺」みたいな感じで。
皆様方は鵺(ぬえ)は御存知でしょうかね?
平安時代に存在したとされる、頭は猿・胴は狸・尾は蛇・手足は虎、という怪物。
舶来的に呼ぶならキマイラ(合成獣)で、複数の動物が合体した妖怪変化という事で、
転じて、その正体が一体何なのか分からない存在を指す訳です。
在るがままに在る。
自然界なら簡単なのに、人間に当てはめようと鵺の如く正体が変化する言葉、在。
自分が自分のままに在る。
その解答が出せない限りは決して正体を見せようとせず、自分とは何か?と考えても、
猿の面もあれば狸の面もあり、蛇な反面、虎の風貌も晒け出す。
人間ってさ、竹みたいにスパーンと二つに綺麗に割れたり出来ないもんだしなぁ。
こういう時は、答えの方か順序を逆にして考えてみるのはどうか?
すなわち「自分が自分のままで在るためにどうすれば良いか?」が導き出されれば、
おのずと、在るがままにある、の答えも出るんじゃないかと。
自分が自分のままで自分らしく、ありのままに居れる。
その解とは何か?
もったいぶらずにズバッといこう、無い。無いんだよ、んなもんは有りはしないんだ。

おいおいおい、この腐れ三十路ちょっと待ったれや!なんじゃそら?
そうツッコむ方が大多数なんじゃないかと思われるのだが、ちょいと待たれぃ。
自分らしく。等身大の自分。
バブルが弾けた直後、それまでの享楽を懺悔するかのように日本中にあふれ出した
この陳腐なフレーズが、未だに社会に氾濫してる事に驚いてる。マジで。
何度かこのブログで論陣を張った事があるんだが、自分らしくの自分とはなんぞや?
それについての三十路の答えは常に「そんなモノは無い」だ。

ちょっと話が変わる。
貴方が友人から恋愛相談を持ちかけられたと思ってくれたまえ。
「大好きなあの人の本心が分からないの」
こんなフレーズ今までに聞いた事はないか?あるだろ。むしろ言っちゃった方か?(笑
これについての三十路の答えも常に一定してる。ブレた事すらない。
「自分の事すら分からんのに他人の事なんぞ輪を掛けて分かる訳がないだろがボケ」だ。
皆も経験あるかと思うんだが、恋愛時には突発的な感情の高ぶりが襲う訳だ。
どうにもこうにもコントロール出来ない、予測も出来ないこの気持ち!
そういう時、あったっしょ?
でだ。
そんな自分の事(感情の揺れ動き)すら自分で把握出来ないのに、
ましてや他人の心なんぞ読める訳がないだろが、冷静になって考えなくても。バカじゃね?
と思う訳よ。
このまま言いっぱなしで終わると、三十路はただの酷いヤツだ。
もちろんそのまま終わらせたりしない。ホント、マジで実際はそんな事ないからな?(苦笑
どうして今のその気持ちのままに相手にぶつかっていかないのか?と逆に問う。
何を遠慮してんだバカやろう、感情を相手にぶつけてこその恋愛だろうが。
相手の気持ちを知りたい以上に、まずは自分の気持ちを知ってほしいのが恋愛であり、
それこそが人と人のコミニュケーションの基本じゃねぇか。
行けよ、ガンガン行けよ、アホゥ、相手の気持ちを気にしとって始まるかボケェ!
そういって発破かける処までが三十路の恋愛相談ワンセットだ。いや、ホントに(苦笑

勘の良い人は、もう三十路が何を言わんとしてるか読めたと思う。
自分があるがままの自分で在るためにの解とは、
その瞬間瞬間に自分の内で最大値を計測した感情を「押し殺さない」事に他ならない。
私は今こうしたい!でもそれをやったら相手にどう思われるのか怖くて出来ない…
そう考えた時点で、もう君はありのままの自分で居られなくなっている。
その瞬間、体の内側から発露した感情を発揮しない。
それは自分が自分である事を放棄した瞬間であり、自分じゃない誰かに成っただけで。
恋愛に限らず、喜びも怒りも悲しみも苦しみも、なんでもいい。
毎日生きてりゃ色んな事を想うハズだ。
それを吐き出さずして、真の自分らしさなんて有り得ない。
自分の感情を相手にぶつけないヤツに、自分らしさなんて永遠に持てっこない。
相手にぶつけた感情の塊こそが、相手にしてみればそいつが今、
本当に何を想っていたのかを知る、たったひとつのバロメータなのだから。
だから三十路はこのブログでよく、みんなもっと怒れよ、と書く。
怒りは人間の持つ感情の中で、最も相手の深い処に瞬時に届かせる事が出来るから。
そうやって、自分の感情を表現する「訓練」をちゃんとしなさいよ?
そうじゃないと、愛情や友情、感謝や懺悔、本当に大事な自分の気持ち、
「自分自身」を伝えたい相手に伝えなきゃいけなくなった時に出てこなくなるぞ?
そう言いたかった訳なんだ、ずっと。
自分の気持ち、自分そのものを押し殺して生きていても、相手には何も伝わらない。
そんな人生、生きながらにして死んでるみたいなもんじゃねぇかよ。
そんな屍みたいな時間を望んで過ごしたかったのか、君は。
そう問いかけていた訳なんだ、ずっと。

感情とは鵺だ。
さっきまで歓喜で満ちていたかと思えば、瞬時にして怨嗟が溢れ出してくる。
その正体を見極めようと思っても、絶えず変化する怪物は決してその正体を悟らせない。
だから、よ。
見極める必要なんてそもそも無いんだ。
自分が何なのか?自分が在るがままに在るとはどういう事なのか?
その答えは鵺であり、鵺である以上は正体を理解しようとする行為に「意味など無い」訳よ。
自分が自分のままで在るためにどうすれば良いか?
その答えは感情を、本心を押し殺さない事であり「恐れずに」相手にぶつける事な訳よ。
相手の事を思いやる「振り」をして、物分かりの良い大人の「振り」をするな。
その腹の底に溜めている感情の渦の中から、本当に言いたかった「言葉」を吐き出せ。
好き、嫌い、ありがとう、ごめんなさい、嬉しい、哀しい、寂しい、楽しい。
自分の素直な感情をさらけ出す、その「勇気」を持て。
恥ずかしがったり、臆病になったり、億劫になったり、遠慮したりするな。
自分の内に潜む鵺を解放しろ。
それが「自分がありのままの自分で、自分らしく在る」という事だ。
在る。
それは否定しない事だ。
綺麗な嘘も醜い本音も全てをさらけだして正直で居る事が「在るがままに在る」という事。
在るがまま、とは常に「変化」し続けるもの。
その変化を恐れるな。それは当たり前の事なんだ。変わらないヤツなんか居ない。
その変化を隠そうとするな。どんどん変化してこそ、君は進化してるんだ。
その変化を認めろ。そうすれば今よりももっと楽に、素直になれる。
それこそが、在るがままで在る、たったひとつの方法だ。
大丈夫。
どれだけ変化したって君はいつまでも何も変わらずに、君のままだ。



ではでは皆様方、98万HIT本当に有難う御座いました。
ようやく@1回でこの無限ループにも思える記事の連打も終了となりました。
今までお付き合い下さいまして、本当に感謝。
さて、ここらで種明かし。
ってもまぁバレてるとは思うのですが、一応今まで必死に伏せてはいたんですが(笑
91万HITからの御礼独白TOP画像に一文字だけのキャッチが入って、
それを毎回の独白テーマでやってきたんですが、あれは「早九字」なんっスな。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」の九文字で印を切る、日本古来の呪法の一種で。
今回で八文字目、在を切り終わった処でございます。
100万に到達するまでにあと9回、御礼独白&特集やんなきゃな〜と思ってた時に、
ふと閃いたのよね、早九字が。おおっ、ちょうどあと9回じゃん♪と。
で、九字毎にその文字を題材に一筆駄文を入れようと八回分やってみたんですが、
まぁぶっちゃけ、めっちゃ疲れたわ!もうやんねぇ、こんな面倒臭いの(苦笑
次回、遂に最後の一文字「前」が登場して、三十路的早九字散文も大団円します。
後一回だけ何とぞ生暖かい眼差しでお付き合い下さるよう、お願い申し上げますでっス。


970000HIT御礼。



当ブログ来場者数が97万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

アクセス実数同期のため通常更新お休みして、独白&御礼のデンプシーロール連打中。
長々と続いてきたこのマンネリ更新も残す所@3セット(6記事)となりました。
もうほんの少しだけ、お付き合い下さいでっスm(_ _)m

今回の独白テーマは「つらなり」。
列、という言葉は文字通り「行列」を指すモノですが、もうひとつ意味が。
それは関西弁で言うトコのツレ、「仲間」といった意味も併せ持っているのでして。
三十路は大阪育ちということもあり、今回はツレの方での駄文を吟じさせて戴こうかと。
仲間、ってなんだろね。
こうやって改めて意味を問われると、案外難しい質問になるんじゃないかと。
答える人の年齢や立場、環境によって大きく左右されるし、そのどれもが正解だと思う。
なので今回は極々三十路的な、自分の場合での、という意味での独白を少し。
ふーん、そうなんだ〜と軽く聞き流せてもらえればこれ幸いな心持ちにて。

今は随分マシになったと思ってるのだが昔々、三十路は「女みたいな」ヤツでしてなぁ。
あ、別に女性蔑視を一席ぶろう、という訳ではない。だから噛み付くな(苦笑
独りで居る事に耐えられない時代があったのね。
数時間の空白を、すぐに友達を呼び付けて独りで居る事の空虚さを満たしていたのよ。
いつでもどこでも誰かとつるんでなきゃ不安で不安でしょうがなかった、と書けば分かる?
休み時間の度に、休日が来る度に、必ず誰かと共に居る事を求めてた。
おういぇー、今でこそ「孤高であれ」とか偉そうな口調で書き殴ってるくせにさぁ、
ほんの二十年足らず前までは、それが一切出来なかったのな。
もちろん友人達みんながみんな、三十路のスケジュールに合わせて生活してる訳じゃない。
だからその対処法として、頭の中には友人達の「時間割」があったのよ。
月木の何時〜何時は○○、金曜は終日△△、土曜の夜は××、日曜は…みたいな。
各友人達との待ち合わせ場所(溜まり場)も決まってて、まずそこをチェックとか。
いや、冗談じゃなくてこれホントの話な。
今思えばあれこそ「マジキチ」と呼ばれて当然の、それはそれは傍迷惑な行為での。
その当時は仲間といえば一緒に居る時間の多寡、それで重要度を計ってような気がする。
な?「女みたいな」という形容詞を付けた意味が分かったでしょ?
いやいや、別に女性全員が常に連んでる生き物だとは思ってないから噛み付くな(苦笑
同じ列に並んで、同じ方向を向いて、同じ歩調で進む。
こうじゃないと気が狂いそうになっていた時期ってのが確かにあった訳よ、三十路には。
俺と一緒に居てくれてこその仲間、そんなマジキチな思想の時期ってのが。

いつ頃からだろうねぇ、そんな脅迫概念に似た思想を捨てれたのは。
うん、間違いなく東京出てきてからだろうなぁとは思うけど、いつ?ってのは分からない。
多分、本を作る、という仕事に出会ってからだとは思う。
独りでもヤッていける、という自信が自分についてからかなぁ…む?違うか?
フリーになってからなのか?いや、それも微妙に違うような。
えぇい分からん(爆
ただ中学時代のある友人が高三の時に三十路に向かっていった言葉ってのが、
言われてから二十年も経つのに未だに頭の中でリフレインしていて、
その言葉が自分を導く…というか、独りで居る事の恐怖感から今なお救ってくれてる気が。
当時、その友人達といわゆる「同人誌」ってのを作ってたのな。スト2の。
高校生が作るコピー本だからさ、自分たちで見ても決して出来が良い訳じゃない。
それでも夜な夜な集まり本を作ってて、ちょうど作り終えた時だっけか。
「今度、俺等で本を作る時までにそれぞれの得意とする道で自分を鍛えておこう。
 俺等みんながその道のプロになって結集し、その腕前を振るえば凄い本が出来るぞ」
細かいニュアンスは若干違うが、そんな感じの事を言った訳だ。
当時はふ〜んとか思ってたんだが、今、たまに昔を思い出すと結構効くのよな。
いやいや、もう今は全然連絡取ってないんだぜ?
それに三十路は常々ここで書いてるんだがホントに5〜6年、里帰りしてなくてな。
あと数年で四十路に突入するオッサンが雁首揃えて、今さら同人誌なんて有り得ん(笑
それでもだ。
ふっ、と思う訳よ、みんな今でも再結集のために自分を鍛えてんのかなぁと。
そうするとね、どんだけこっちが苦しい時でも、いやいやココでくたばってたらアカンがな!
みんなが待ってるんや〜、あとは俺が駆け付けるだけなんや〜!
なんて、妙な喝の入り方をする訳ですよ、自分のハートの奥底の方で。

今はもう風の噂も聞かない。
ぶっちゃけた話、結婚したのかガキでも生まれたのか死んでんのか生きてんのか?
それすらも皆目見当が付かないほど、すっかり疎遠になってしまったんだが、
何故か自分の中では、あの日の延長線上にみんなが居たりしてて。
今度再会する時までに足手まといにならない様、ちゃんと技術を身に付けとかなきゃ!
きっとあいつらもバリバリ鍛えてんだろうからなぁ〜、ふひひ、楽しみだぜ!
そんな妄想を少しだけして、また自分の修羅場に戻る。
同じ列に並んでいなけりゃ不安だった自分が、上京してその列からはみ出してしまった。
もう同じ道には戻れないのか…。
いや、そうじゃない。この道は実は、あの日の道の横に平行して走ってんだ。
目指す方向の果て、現実生活ではもう交わる事も無いんだろうけど、
あの日、幼い夢を拙い言葉で語った友は、今でも俺の道の横を無邪気に歩いている。
おいPOO!お前ちゃんとヤッてるか?また集まんねんからしっかり鍛えとけよ?
そんな風に好き勝手言いながら、俺と同じように前に向かって歩いている。
な〜んや、俺って独りぼっちとちゃうやん。ちゃんとツレがおるやん。
俺にはちゃんと「なかま」がいたよ!

同じ道を歩かないようになったって。同じ道から分かれて離ればなれになったって。
きっとアイツはどこかで頑張ってる。だから俺も頑張る。
人の数だけ列があり、その列は実は自分の列に平行するかのように連なって、
遠い地平を、あの日見た夢を目指して伸びている。
だから迷わず歩いていけば、あの遥か彼方できっとまた逢える日が来る。そう思う。
理由?
俺の「ツレ」だからな、大丈夫に決まってんじゃねぇか。なぁ?

ではでは皆様方、96万HIT本当に有難う御座いました。
残すデンプシーも@二発。精一杯の力で打ち尽くしたいと思いますんで、どうぞよしなに。


960000HIT御礼。



当ブログ来場者数が96万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

実数に追い付くため通常更新お休み、少々うんざりしつつ御礼デンプシーロール連打中。
今回分と合わせてあと8回。まだ8回もあるんかいな、なっがいなぁ先が。

今回の独白テーマは「じん」。
陣ってぇと、まぁ大体の場合は「軍隊を配置して備える事・軍隊の結集している所」という、
そういうニュアンスで使われますな。陣地とか陣営とか鶴翼の陣とか背水の陣とか。
ただそれ以外にも意味はあって「共通の目的を持ってまとまった人々・集団」ってのもある。
報道陣とか講師陣、第一陣なんて集団を指す場合に使われる時のことね。
今回はこちらの方の意味合いで、少々駄文を奏じようかと。

三十路の仕事を例に取るかね。
三十路はデザイナー(希にエディター)として仕事をしている訳なのですが、
本作ってるなんて簡単に言うものの、それには恐ろしいほどの人間が関係してる訳。
まず本を作るだけでも編集者・デザイナー・ライター・カメラマン。最低この四種が必要で、
次はその本を形にするために、印刷屋・写植屋・製紙屋・製本屋。
印刷屋さんにインクを卸すインク屋も必要なら、紙を作るために油も必要だし、
その油は中東とかからタンカーで運ばれてくるので、海運業者や商社が必要だったり。
んで作られた本を全国に卸す取次、運んでくれる運送屋。
トラックで本を運ぶためには高速道路は必要だし、離島に届けるには船舶も必要。
運ばれた本を取り扱ってくれる書店、コンビニに配本されるのならコンビニの取次も必要。
まだまだ関係している職種はあるけど、ざっと並べてみただけでこれだけ関わってる。
誰一人でも欠けてしまえば貴方の街に三十路の作った本は並ばない訳で。
皆の職種が違っても共通の目的、この場合は本を売る、という目的で集まってる訳だ。
世の中にたった独りで完結してる仕事なんて、有りはしない。
誰もが誰かの力を借りて、誰かに力を貸して、この世の中ってのは成り立っているのよ。
その誰かってのが、顔が見える見えないってのは別にして。

最近、どうにも世間一般がかまびすしい。
ま、それはこのブログでもたまに取り上げる政治や経済、世界情勢なんかの影響だろう。
でもなぁ、と。
色々とそういう事に興味を持って前向き(だと自分が信じる方向)に活動するのも良い事だ。
良い事なんだけどさぁ、ちょっと神経質…ヒステリック過ぎるんじゃね?とも思う。
この国を憂う国士的な活動もいいんだけどさ、もうちょっと足許ちゃんとしねぇ?って。
足許、自分の仕事での職責をまずはきっちりと果たす事。
それがこの国をもう一度奮い立たせる、遠回りだけど確実な方法だと思うんだが。

先に例に挙げた三十路の仕事、本を作る立場だと、
中東から油を運んでくる人が仮によ?サボったり手ぇ抜いた場合、本が印刷されない訳。
ま、そこまで書くとさすがにそれは極端な例じゃんというツッコミは甘受するが、
世の中ってのは個人という小さな歯車が動くと、組織という中ぐらいの歯車を動かして、
組織の歯車が動くと経済という大きな歯車が動いて、経済が動くと個人の歯車が動くってな
なんとも複雑怪奇に見え、あまりに巨大過ぎて今ひとつピンとこない「陣」な訳よ。
ちっちゃなちっちゃな個人という歯車が、ちょろっとサボタージュしただけで、
そいつに直接関係もない何処か遠い人がちょろっと困ってしまう、そんな仕組みになってて。
逆に、ちっちゃく非力かもしれないけど個人の歯車が非常に頑張って動くと、
何処かの遠い誰かの小さな歯車が、そして何処にあるのかも分からない中ぐらいの歯車が
ちょびっとだけスムーズに動いて、ほんのちょっぴりだけ回転が良くなる訳で。
もしよ?このちっちゃな歯車が全部120%の動きをしてみ?
時間はすごい掛かるけど、その働きは最終的には世の中を120%の動きにする訳よ。

最近色んなニュース見てて思うのは、ホント、今の日本人って「謝らない」よな。
自分は悪くない、悪いのは自分だけじゃない、他の誰それが悪いetc…なんっうかもうね。
自分は損したくない、誰それが得してるから自分も、みたいなさ風潮じゃん?
真面目にこつこつ働く事を馬鹿にして、いかに手を抜いて利を得るか?みたいな。
誰かのために自分が一生懸命になって何かをする、そんな馬鹿馬鹿しい事あるか的な。
そうやって自分という歯車の動きを弱めてしまう、止めてしまう事がさ、
廻り廻って自分のクビ絞めてるって事にどうして気付かないかね?
本当にこの国を憂うのならよ?自分の身の回りの事を一生懸命やろうよ。
見えもしない届きもしない所の心配で一喜一憂するよりも、
まずは自分が居るその場所で、自分がやらなければならない事をちゃんとやろうよ。
みんながそれをすれば、廻り廻って世の中、ちゃんと動くんだからさ。
世の中がちゃんと動いてない!と思うのは、お前がちゃんと動いてないからじゃ!と。
世の中が悪い方向に行ってる!と思うのなら、お前だけでも良い方向に行けや!と。

人が人でいる以上、人という「陣」から外れる事は絶対に出来ない。
その陣立てが気に入らないと思うのなら、まず自分の立ち位置を正していこう。
国や地域という大きな陣を憂うのなら、まずは自分や家族、仲間という陣を大事にしよう。
世の中ってのはさ、連鎖するんだよ、良い影響も悪い影響も。
誰かを非難するのなら少なくても同じだけ、それ以上に自分は襟を正して生きてこう。
まずはそこから始めてみようじゃないか。
そうすりゃもっとマシな世の中に成って行くんじゃないかと、そう思うんだけど。

ではでは皆様方、96万HIT本当に有難う御座いました。
御礼デンプシーロールも丁度折り返し。あと僅かばかりのお付き合い、なにとぞよしなに。


950000HIT御礼。



当ブログ来場者数が95万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

実数に追い付くため通常更新をお休みし、飽き飽きしつつも御礼デンプシーロール連打中。
うむ、ホントに飽きてきたがここからが踏ん張り所、なんとか頑張るマン。

今回の独白テーマは「みな」。
全部・すっかり、といった意味を持つ言葉。みんな、という意味合いでも使いますな。
よくこのブログで、他者と違う事を恐れるな的な事を書いてます。
書いてますがアレ、ホントはあんま書きたくなかったりする。「誤解」されるのがイヤで。
文脈の上っ面だけなぞると、一匹狼の方がかっこいいじゃん!オンリーワンのすすめ的な、
いかにも厨二病っぽくに読めたりするからで、短絡的にそう思う奴が出てくるだろうなと。
独りで居るという事は「一度は群れの中に居た」という経験が無いと出来ない事で、
その群れってのも、これまた短絡的に学校や職場っていうレベルだと思ってほしくなく。

あまり大々的に胸を張れる経歴ではないが、三十路はフリーランスで喰っていて。
フリーやってて思うのは職場に居ると楽だよね〜と。だって意志の疎通が楽なんだもん。
少し語弊がある書き方になるんだが、群れの中に居ると「甘え」が許されるのな。
分からない事があったら訊ける。間違っている事をしていたら教えてくれる。
こっちからコミニュケーションを取らなくても、向こうからわざわざ干渉してきてくれる。
それが「皆の一員」でいる事で甘受出来る特典な訳。うっとおしいかもしらんが。
フリーなんて響きは格好いいけど、決して一員とは認めてくれない訳。
たった一度の数十分の打ち合わせで趣旨・狙い・構成、そのすべてを把握して完成させる。
それをヤレて当たり前で、何度も訊いたり出来ないし途中で指摘してくれる人もいない。
フリーで居るということは、たったワンチャンスですべてを掌握しないといけない、
実は物凄いコミニュケーション能力(もしくは一を聞いて十を知る能力)がないと出来ない。
だいたいさぁ、人に嫌われる様な性格のままじゃ仕事なんぞ廻してもらえるかっての(苦笑
フリーなんて(表面上だけでも)頼りにされて好かれてナンボだっうの。

別段俺って凄いでしょ?というつもりではなく、なんか誤解していないか?と。
皆と同じでいる、その有り難みも分からずにただ跳ねっ返りで肩肘張ってるってのは、
ただのシャバ僧であり、ホントにただの厨二病患者なだけ。
その青臭さを自分で見つめ直すこともなく、皆と同じでいるのはイヤだと言い張るのは、
ただの「子供」なだけ。
もうさ、ただたんに世間を斜めに見て独り勝手に自分の殻に閉じ籠もるのヤメね?
皆の中に居て、皆と歩調を併せてみて、皆と同じ目標を目指してみて、
それだけやって、あぁやっぱ自分の方向性は少し違うよな、と思うのなら独りになればいい。
っか初めぐらいは皆と同じ生き方しないと、自分が何なのかも分からないっうに。
他者と違う事を恐れる必要なんてまるで無いけど、その他者とどこが違うのか?は、
他者としっかりがっちり交わって、やっと初めて導き出される差異な訳でさ。
独りで居ても大丈夫だ、とは言うが無責任に独りで居る事を薦めている訳じゃないぞ?
まずは朱に交わってみろよ。
交わってみても赤くならなかったら、青とか黄色のままだったなら、そこを出りゃいい。
皆と一緒に居る事。皆と同じである事。
その恩恵というか有り難みをもう少し真面目に、大事に考えた方がいいんじゃねぇか?
フリーランス生活も長くなってきたからか、最近は切にそう思う。
歳喰ってきたからかな、失って無くした物は後になってから随分と響くものだねぇ。
そんな後悔を若い人にほど経験してほしくないなぁ、とね。

ではでは皆様方、95万HIT本当に有難う御座いました。
今のペースだとあと二日か三日、今週末にはXデーを迎えられそうな気配で。
さぁ御礼連打も佳境となりました。この更新スタイルはもうちょっとだけ続くんじゃ。


940000HIT御礼。



当ブログ来場者数が94万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

実数に追い付くため通常更新をお休みし、気違いみたく御礼デンプシーロール連打中。
ここんとこ寝ても覚めてもブログの更新っう、久々に阿呆みたいな毎日でスマンね。
ま、それもいとおかし。
しかしビックリしたなぁ、今日の明け方に「美人軍人画像特集」をUPして寝たんですが、
起きたら朝鮮半島でドンパチ起こってたっう。タイムリーにもほどってのがあるぜ!
このブログ、管理人の知らぬ間にまさかデスノート状態に進化したのか?(藁
銃撃戦じゃなく、砲撃戦ってトコがこれまた軽くヤヴァイ状況な臭いはするんだけど。
色々調べてみると一気にどうこうなる雰囲気じゃないっぽいけど、さてさて。

さて閑話休題、今回の独白テーマは「もの」。
者って言葉の使い方は、〜する人・〜な人、というような意味合いで使われますな。
勇者=いさましい人、亡者=亡くなった人、小者=器量が小さい人、など。
前に付く言葉が、その人がどういう人間かを表す単語になるような感じですかの。
ここで皆に訊いてみたい。貴方は「何」者ですか?
自分が一体何者か?そんなもん普通に生活してたら考える事もないような話ですが、
まぁ良い機会なんで、今ちょっと自分について考えてみようではないですか。
三十路自身はどうなのよ?と考えてみるとですなぁ…
貧者?うむ、外れてはいない(苦笑
お調子者?おう、いい線ついてんじゃねぇかなぁ。
好き者?あんたも好きねぇ(爆
皆はどうですかね?自分で自分を振り返ってみると、何者になりましたかね?
ひとつだけしかない、って事は無いんじゃないかと推測する訳ですよ。
これは、いわゆる自分の「属性」かと思うのよね。そういう面もある、という意味での。
現状の自分を客観的に見るための、まぁ簡単な心理テストみたいなもんかな。
だから三十路の場合、貧者でお調子者で好き者ではあるんだけど、
別にそれが三十路のすべてを体現している訳では無い、という感じでね。
…99%はそうだろ?とかいうツッコミは止めれ(笑

で、この話を振った真の狙いは、者の前に付く言葉を自分で考えてみた時に、
これからの「目標(成りたい自分)」を表す言葉が出てくるんじゃないかなぁと思いまして。
自分が何者か?と考えたときに、猛者とかいいよなぁ〜と思った人は、
そういう自分に成りたいという、潜在的な願望を抱えていうのではないかとね。
上に3つほど、三十路の場合は何者か?というのを書いたんですが、
実は一番最初に思い浮かべた単語は「痴れ者」だった訳。
痴れ者には「常軌を逸したばかもの。あほう」という意味の他に、実はもう一個あるのな。
「その道に打ち込んだ巧者。相当な者。大したやつ。したたかもの」っう意味が。
これは松尾芭蕉が、あの奥の細道を旅した時に知り合った絵描き職人を評した一文、
「さればこそ風流のしれもの、爰に至りて基実を顕す」が元。
現代訳は「そうであればこそ風流の痴れ者で、ここに至ってその本性をあらわした」。
風流の痴れ者?なんじゃそりゃ?風流バカ?と思った君はアタリ。
あれこれ粋な計らいをする絵描きを「心憎いほどの風流人」「風流に徹した人」と褒めた訳。
だから「痴れ者」という言葉は昔は別段、人を貶めるだけの意味ではなかったのな。
ね、意外な事実だったんじゃないでしょうかね?
痴れ者の本来の意味は「常軌を逸するぐらいに何かに打ち込んだ天晴れなヤツ、
ただし皆と同じよう真っ当な生活を過ごすのを捨ててしまうようなバカだけどな」になって。
三十路的現代意訳、超訳すると「ホームラン級のバカだな」になる訳よ(笑
いいねぇ熱いバカ、上等じゃん!
手堅くヒットを量産する、ある意味で計算出来る(予想がつきやすい)ヤツよりも、
何をやらかすか分からない一か八かな(想像もつかない)ヤツの方に成りたいなぁ、と。
この世は所詮一炊の夢、立身出世を果たし栄華を極めるだけが人生じゃぁない。
同じ夢を見るのならバカがいい。それも突き抜けたとびっきりの莫迦が。
(馬鹿と莫迦の違いについては、過去記事「690000HIT御礼」を御参照下さい)
そんな訳で三十路は「痴れ者」に成りたい訳です。
さぁ貴方は「何者」に成りたいですか?

ではでは皆様方、94万HIT本当に有難う御座いました。
@7000足らずで念願の大台に乗りますが、それまでにはなんとかこの連打を終わらせ、
きっちり実数を迎えたいなぁと思ってますので、あとしばらく御辛抱のほどをば。


930000HIT御礼。



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なんだよぅ、間に合うのかよぅ…この調子だったらほんとヤヴァいんじゃね?ウァァァン!

さて今回の独白テーマは「たたかい」。
どうっすか?最近闘ってますか?24時間闘えますか?黄色と黒は勇気の印ですか?
うむ、なんか懐かしいのが混ざってしまいましたが、三十路なんで許せ(笑
改めて「闘う」ってなんだろね?
ゴラァ!お前がその話振っててこっちに聞くなんてふざけんな!とツッコまれそうですが、
「何」と闘うのかとか、「誰」と闘うのかとか、色々あんじゃん?
みんなは何と、誰と闘ってるんでしょうかね?
まぁ何と闘ってても良いけど、その闘う対象って憧れの裏返しなんじゃないかと思う訳っス。
例えばライバル。級友でも同僚でも他社でも雲の上の存在でも何でもいいんだけど、
あいつにだけは負けたくない!あいつよりも凄い事してやる!的な場合。
それは闘うべき相手っうより、目標っうか目安みたいなもんじゃねぇかなぁと思うのね。
いや、悪い事じゃないんですよ?自分の指針となるべき相手がいるってのは、
闘って勝つまでは道に迷う事もない、人生の地図みたいなもんで。

三十路はですねぇ、そういう意味での闘うべき相手っうのが昔から居ないんっスな。
誰それのデザインより良いのを仕上げようとか、あのデザインを超えてやるとか、
そういう外的な目標っうか、ライバルっうか、闘うべき相手が居なくて。
単純に内向きなのよね。自分が納得出来るか出来ないか?が行動規範の最たる要因で。
端(クライアント)から見てればもちろん同業他社に比較される訳なんでしょうが、
自分的にはですね、あんまそこに興味が無いっうか、どうでもいいっうか。
おっ良く出来たなぁ〜とか、会心の出来じゃね?とか、自分でそう思える事の方が重要で。
そういう意味では、三十路が闘ってる相手っうのは自分自身なのかもしれんなぁと。
いや、別にこれが良いっていう話をしたい訳じゃなくてね。むしろ欠点がありまくりでさ。
自分が納得出来れば、なんて一言で終わらせてるけど、その肝心要の自分がよ?
手掛けてるのと同じジャンルでたくさんのモノを見てきた経験(引き出し)が無かったら、
ただの「世間知らず」なだけで終わってしまう訳ですよ。青臭いガキの寝言的な。
自分に何が合うのか?自分の目指す方向性はドコなのか?
それを外的に指針となるライバルを見つけないのなら、自分の中から捻り出すしか無く、
自分の中から捻り出すには、もっの凄い数の引き出しを持ってないと迷うだけ。
アレもいいコレもいい、と惑わされてしまって時間を無駄に消費してしまう。
漫画でも音楽でも小説でもなんでもいいけど、とにかく模写しろ!って言うっしょ?
アレはどういう事かというと、自分の中に引き出しを作る作業(経験収得)な訳なのよね。
色んな他者のモノに触れてソレを取り込む事でどのスタイルが自分に合うか?
それを体に覚え込ませる自分の基本、土台作りな訳。めっちゃ重要な訳ですよ、コレ。
だけどなぁ、若い内はそういう苦労(地道な準備)すんのがイヤなのよな(苦笑
早く自分の力だけで闘ってみたい訳よ、他者や世界を相手に。

三十路はですね、年が明ければフリーランスになって満五年になる訳なんですが、
五年経って最近ようやく、俺はどういうデザインをさせたなら負けない、っうのが
うすらぼんやりと見えてきたような感じな訳。まぁ錯覚かもしれんが(苦笑
駆け出しの頃はねぇ、よく惑わされたもんで。
誰それのアレが良いと聞けば真似し、今度の流行はコレだと聞けば修得しようと足掻き、
まぁ、それはそれは頓珍漢なことばっかやってたような気がする。
ホントここ半年ぐらいよ?惑わなくなってきたのって。
昨晩夜中にコンビニに行ったらさ、袂を分かった先輩がデザインした本があった訳。
相変わらずの出来映えなんだが、あぁ俺ならこうはしないなぁ、なんて思って。
おろ?なんだなんだこの野郎、いっぱしの口を利くようになったじゃねぇか!などと
店内で小声でセルフツッコミしてしまう午前四時半。…ただの不審者じゃねぇか俺(笑
かつては闘うべき相手なのか?と強烈に意識してた時期もあったんですが、
昨晩はまったく思わなんだ。相変わらず稼いでんなぁその金くれよとは思ったが(爆

闘う相手が自分しか居ない、ってのは少し寂しい。
火花が飛び散るほどの刺激を受けれるような好敵手に恵まれたいなぁといつも思う。
自分としか闘わないって、自分の枠から出れないって事だしね。
貴方はどうですか?最近誰かと良い闘いしてますか?
もし貴方が熾烈な闘争を繰り広げているとするなら、それどころじゃないと思うけど、
三十路は少し羨ましいです。

ではでは皆様方、93万HIT本当に有難う御座いました。
いやしかし最近は何かアクセスのペースが速いねぇ、非常に有り難い事なんですが。
まだしばらくは駄文と画像特集の連チャンになりますが、どうぞ宜しく。


920000HIT御礼。



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アクセス実数に追い付くために通常更新はお休みして、御礼デンプシーロール猛爆中。
…百万到達までに@8回分・16記事のアップが間に合うのか、急げ俺ッ!

今回の独白テーマは「つわもの」。
兵[つわもの]という言葉には大まかに2つの意味があって、
1・武器をとって戦う人。兵士、軍人、非常に強い武人って意味(古[ふる]〜、歴戦の〜)と、
2・気のある強い人。またその方面で腕を振るう人、猛者(もさ)って意味があるのな。
ま、御参考程度に。

さて今回は世間一般の話ではなく、個人的な方面での話を少ししようかと。
三十路はこう見えても「よいこの悩み相談室」的な役割を果たす事が間々あっての。
どれくらい前になるかな、昔馴染みから久しぶりに電話があってな。
その馴染みは自営業をやってるんだが、昨今の不景気ぶりにやはり苦戦してて、
まぁ一年半振りぐらいに色々と話し込んでたんだが、心折れそうな感じでな、やっぱ。
三十路はどうなのよ?と訊かれた時、アホゥこんなトコで負けてられるか的な返しをしたの。
すると先方は「逞しいなぁ〜」と言うのだが、間髪入れずに否定した訳。
「【逞しい】んじゃなくて、【逞しくなりたい】から今も必死に足掻いてるんだっての」と。

話の細かい内容はほとんど覚えていないのに、このやりとりだけは今も鮮明に覚えてる。
自分が今現在逞しいかどうか?ってのは、実はどうでもいい事で。
今がどうなのかよりも、明日どうなってるのか?の方が気になってしかたがないのね。
このブログももうすぐ四年と半分、随分長い間続けさせてもらってきたんだが、
昔から読んでくれている人は覚えてるかなぁ、煮干ししか喰えなかった赤貧の日々や、
一週間に一度銭湯に行くのを愉しみにしていた時期が俺にあったのを。
仕事がなくて金も無い。愛もなけりゃ希望も無い。
そんな恨み辛みをココに吐き出して、かろうじて正気を保ってたギリギリ崖っぷちな日々。
あの日々より今の日々の方が逞しくなったなんて、これっぽっちも思っていない。
ただあの頃よりは心の芯みたいな部分が、ズ太くなったような感覚だけはある。
それが今の自分を支えていると確信してる。
最近になって仕事も少し戴けるようになり、修羅場がちょくちょく訪れるようになったけど
ぶっちゃけた話、ちっとも絶体絶命感は感じてなかったり。うはは。
なんでかっていうと、あの日々を逃げ出さずに戦い抜いて乗り越えてきたから。
あの時、田舎に帰るって手もあった。っうか周囲にどんだけ諭された事か(苦笑
喰うモノも喰えず、着るモノも擦り切れ、それでも必死にやって気が付けば今があって。
あの日、逃げなかった。
それが今の自分を支えてくれる強烈な骨、芯みたいなモノに成ってて。
アレに比べりゃさぁ、多少仕事が忙しいのなんて屁みたいなもんですよ、屁。
そもそもお金貰える訳だし。あぁなんて素敵な事ざんしょ(笑

どんな道を進んでいても、人には艱難辛苦に押しつぶされそうな時が必ず来る。
不安で心細くて押し潰されそうになってしまだろうけど、絶対に他人に判断を任せんな。
暗くて怖くても恐れながらでいいから、自分の足で前に往け。
落ち込みそうな時ほど肩を落とすな、何の根拠もなくていいから胸を張って顔上げろ。
自分の人生の最終ゴール、そんなトコか?違うだろ?
それを切り抜けて、やっとそこからスタートだ。
二十代だろうが、三十路だろうが、四十路だろうが、そんなもん関係あるかボケ!
「気張れ」って言葉はな、気(自分の意志)を体中に張り巡らせる、って書くんだよタコ!
スマートも泥臭くも関係あるか、最後に立ってるヤツが勝ったヤツなんだよ!
そのまま負けっぱなしでいいのか?イヤなら立てよ、気張れよ!
ガツンと目の前の困難、ねじ伏せて勝ってみぃ!
一つの困難に勝った、その経験を武器にして次の困難を打ち破り、更に先に進まんかい!
お前の人生という戦場で戦える人間はお前だけしかおらんのや。
なら、ガンガン前に進んで困難を次々にねじ伏せる、自分の人生の主役になれ!
たまには泣くのも良い。ボッコシ凹むのも構わん。思い通りにならない不運を存分に喚け。
で、泣くだけ泣いたら。凹むだけ凹んだら。喚くだけ喚いたら。また前向いて歩け。
汗も涙も喜びも悲しみも何もかもを乗り越えて人生という道をしっかり踏み進められる、
自分の人生の中で自分が一番頼れる人間、本当の「つわもの」に成れ。

ではでは皆様方、92万HIT本当に有難う御座いました。
相変わらず、よう分かりにくい文章書く人やわぁこの三十路、なんやのこれ?
要は応援?檄?みんな頑張れって事やの?と一言で終わらす様なっうツッコミ厳禁(爆
あ、厳禁で思い出した。
91万御礼と今回で勘の良い人は【ネタ】が分かったと思うけど、そこに触れるなよ?
厳禁中の厳禁でひとつよろしく(苦笑


910000HIT御礼。



当ブログ来場者数が91万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

アクセス実数に追い付くために通常更新はお休みして、また御礼デンプシーロール再開。
100万到達目前の今、ちょっと本気で待った無しの猛連打を敢行予定。
9連打で間に合うか?そもそも9連打出来るネタと体力があるのか俺!?(苦笑
独白は手短に垂れ流し。物足りないという奇特な方、いるかどうか知らんが御勘弁を。

今回の独白テーマは「のぞむ」。
最近の諸々の出来事に、うっすらとした不満を感じる今日この頃な三十路。
誰に対して怒ってるのかは諸々の当事者達にではなく、傍観者な立場である人々に。
もっと端的に言うと、俺等全員に。
なんかさ、尻に火が点くまで余裕ぶちかましてるくせに、
いざ尻に火が点くと蜂の巣つついたみたいな大騒ぎしくさって、バカじゃね?と。
騙されたとか、そんなつもりじゃなかったとか、いい加減被害者ぶるのやめろってぇの。
問題が起こる前はろくすっぽ考えない(想像力を働かせない)じゃん、俺等。
なのに問題が起こってからギャーギャーと、よくもまぁあんだけ騒げるわって感じで。
なんかさぁ覚悟が足んないんじゃね、最近の俺等って。
覚悟っうか緊張感的なモノがゼロだよね、今の日本人の大半には。
何の確証も無いのに、明日も今日と同じだろうなんてたかくくってる感じがして。
明日何が起こるのかなんて誰にも分からない。
分からないからこそ確かめたり、疑ったり、計画したり、色々とする訳じゃん?
しかし最近の俺等ってのは、其処を一切放棄してる感じが見受けられる。
もっと想像しとけよ色々と!とか思って腹が立つ。
常に最悪の事態に陥る想定をしといてその対策を講じておくとか、先手打っておくとか、
そこまで気が回らなくても、せめて「気構え」だけはしとけよってぇの。
常在戦場(いつでも戦場にいる心構えで事をなせという心得を示す語)じゃないけどさ、
最悪の事態を常に思い描けるからこそ、最善の手が打てるんじゃね?と思うけど。
何が起こってもいいように、常に真剣に臨もうよ。
子供じゃないんだから。
そうか、今の日本人は総子供化してる印象があるんだな。
のんべんだらりと今この瞬間の事だけを、それも楽しいとか気持ち良いとか嬉しいとか、
そういう自分に得になる事だけしか考えてないような、妙な気持ち悪さを感じる。
自分自分自分で自分の事ばっか。
言い訳責任逃れ逆切れで絶対に非を認めない。
自分の意志で考えず他人任せでいるくせに、物事が悪い方向に進むと怒ったり泣いたり。
ホント子供と同じだよね。幼稚すぎる。
ちゃんと責任背負って逃げずに真剣に物事に臨もうとする「大人」ってドコに行った?
逃げんなよ其処から。考えろよ明日を。見ない振りすんなよ現実を。
きちんと真っ正面から力の限り自分の人生に臨めよ。
その覚悟も無いなら人間やめてしまえ。
最近、ホントにそう思う。
誰かのせいにしたり、何かのせいにするのは、もう止めようよ。
すぐに報償や称賛や快楽を求めるのも、もう止めようよ。
スマートじゃなくても泥臭くても誰にも尊敬されなくても知られなくてもいいじゃん。
自分が自分の人生にきっちり臨んでいれば、それでいいじゃん。
自分がしなきゃいけない事だけをちゃんと見据えて、そこにだけ全力で臨もうぜ?
そうすりゃ明日は今日よりもうちょっとマシな明日になってると思うんだけど。
最近、ホントにそう思う。

ではでは皆様方、91万HIT本当に有難う御座いました。
毎度電波ゆんゆんで、↑も何が言いたいのか結局自分でもよく分かっていない(爆
相変わらずの駄文垂れ流しですが、まぁ、ここはそんなブログです。
これからもどうぞ御贔屓に。


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