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“知的障害者”は合法的に犯罪が許されるのだろうか。

そんなタイトルがついたブログ記事を読んだのは、2月の半ば頃の事でした。
記事の出だしがさらに衝撃的で、

【私は"知的障害者"が嫌いだ。
 と言ったら、遅れている人だとか社会とズレている人だとか
 差別をしている人だとか思われるだろうか。
 私は小学生の頃に通っていたスイミングスクールで"障害者"に痴漢を受けた。】

と自分の体験を交えながら真摯に書かれたその記事は、文章構成のどこにも破綻がなく
技術的に完成度も高く、かつ読む人の心に問いかける、実に素晴らしい記事でした。
そんな記事を、わずか17才の女の子が書いたという事実に更に衝撃を受け、
機会を見て当ブログでも御紹介しようと思っておりました。
そしてその記事をうけて、「障害者の犯罪」について僕なりに書こう、と。
今回はその記事の全文を紹介しません。
肝心の箇所を、若干引用する形でこの記事を書きますので、ご了承下さいませ。

はてな匿名ダイアリー『“知的障害者”は合法的に犯罪が許されるのだろうか』

では上のリンク先の17才の女の子が書いた、真摯な問題提議記事をお読みになってから
引き続き、POO的知的障害者犯罪論に進んで頂ければ…と思います。
まずはいきなり結論から書きますが、罪は罪です。
誰がどんな事情で犯そうが犯罪は犯罪であり、それは裁かれなければならない。
そうしなければ、世の中の道理は完全に狂ってしまう。
当たり前の事が、当たり前にならなくなってしまう。
この大原則を信じない限り、ホントに北斗の拳みたいな世の中になってしまうです。
政治家だろうが、大富豪であろうが、知的障害者であろうが、
誰であろうが、犯した罪には罰をうける。それが当たり前の事なのです。

さて。
その当たり前の事が、当たり前に出来ない事例。
それがこの問題を難しくしている要因なのではないかと思うのです。
最近、凶悪犯罪が起きて犯人が逮捕・起訴されても、判決はとんでもなく緩かったり。
その情状酌量の大義名分として必ず出てくる言葉。
『被告は犯行時に、心神喪失状態にあり…』
もう、なんだかなぁと。
罪を犯した時に、なんか精神的に問題あったら罪が軽くなるんかい!
POO個人としてはもう法律は一律、ハンムラビ法典でいいんじゃね?と思う瞬間。
人殺したら死刑。罪と罰の等価交換でいいじゃん、もう。
ってぶっちゃけ思う。

しかしそんな古代的な事で全て判断する訳にはいかんから裁判がある訳なんですな。
罪を犯した背景、事情、心理情況を考察し判断した上で罰を決める、と。
いわゆる普通の人、健常者の場合なら【やってはいけない事=悪】という
社会通念を当然持っている、のを前提とした情況からの考察になるんですが、
ここで非常に大きな問題が出てくるのですなぁ、障害者の場合には。
『健常者と違って、知的障害者に正常な判断が下せたかどうか?』
もっとひらたく言うと、『悪』という概念を持っているのか、と。
知的障害者が人を殺しました、でもその殺人行為が許されない事である、という
『常識』を彼等が持っているのか、もしくは判断出来たのだろうか?
もっともっとわかりやすく言うなら、頭足りないヤツに善悪がわかるのか?って事。

この善悪の判断ってのが厄介なもので、
前述した心神喪失状態にある、という例えだと精神的に非常に弱っていたため、
犯行時には善悪の判断が出来なく、あらかじめ悪意を持って犯罪を犯したんじゃない、
そんなつもりじゃなかったんだよ、精神分析してみてもさ〜。
だから許してちょ!という方便が使えてしまうわけ。
健常者でもこうなのだから、あらかじめマイナス要因を抱えた知的障害者の場合には
日常的に判断出来ないだろうっていう判断になってしまいがち。

疑わしきは罰せず、という理屈の根底にある【疑わしき知性の人間は罰せず】。

そんな風潮がまかり通っている現代、あのブログ記事の17才の女の子は
それでいいのか?本当にそんな世の中でいいのか?と問うているのでありますが、
POO的には、関係あるかそんなもん!罪は罪じゃい!と思うのです。
特にそう判断するポイントは記事全文を読んでもらえればわかりますが、
彼女の話に出てくる知的障害者は痴漢の常習犯である訳。
そこに己の欲望のみを満たそうという【悪意】は確実にあるのはわかるっしょ?
そんなある意味、同情のひとかけらも持てない相手なのに障害者である、というだけで
許される世の中は、なにか、どこかが狂ってないか?と僕も思うのです。

なぜ許されるのか?
その理由こそが、この問題の最大のキモ。更にぶっちゃけて書きますが、その理由は
【みんな、見ない振りしてるから。もしくはそんな現実、見たくないから】では?
凶悪犯罪が起こった、ニュースで大々的に取り上げた、さぁ過熱報道スタート!
と思いきや、犯罪者が知的障害者だった…途端にフェードアウトするマスコミ。
次の日にはなにもなかったかのように、TVキャスターは違うニュースを読む。
新聞も雑誌も、その後の続報は積極的に追い掛けない。
なんかあったっけ?

全ての人間が踏み込みたくない、知的障害者の問題。
その見ない振り、目を逸らしている現実の中で、いくら匿名ブログといえど
若干17才の少女が、自分の思った事を思ったままに書き綴り、発表する。
腐れマスコミに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですわ、ホントに。
ただ、どうして障害者論になるとみんな冷静さを失うのかね?
前述の記事を書かれたブログにも、トラックバックが60近く貼られてて
様々な意見や、議論が交わされてまして、全部のトラバに目を通してきましたが、
明らかに感情論や嫌悪感丸出しの記事も多く見受けらたのが、なんだか残念。

なぜか?なぜ、障害者の話になると感情が先立つのか?なんでこうも荒れるのか?
…またまた、ぶっちゃけて書いても良いですか?
健常者から見た障害者、その一段高きに立った自分の立場。
その優越感に浸りながら、哀れみを与えるみたいで自己嫌悪し、見ない振りをしてる。
違いますか?
アナタの頭の中では、【健常者>知的障害者】になってませんか?
障害があって可哀想。自分には障害がなくて良かった。
そう思ってしまう無意識の差別心理、無意識の選民思想、無意識の排他的思想。
それこそがこの問題の要因。

最初に書いたけど、罪は罪。
そしてどんな立場の人であろうと、人は人。
政治家が殺人犯したとして、偉い人だからその罪はなかったことにしよう!
ってならないでしょ?
風俗嬢が殺人犯しました。ふしだらな職業だからその罪はもっと深いに違いない!
アホかっての。
何をしてようが、どんな境遇にいようが、同じ人間なんだって。
知性に障害があろうが、なかろうが同じ人間なんだって。
それなのに、人はどこかで【線】を引きたがる。
自分と他者を区別するために。
自分を優位にしたかったり、自分を貶めたかったり、自分の立場を守りたかったり。

そんな意識がある限り、この問題は変わらない。
健常者も知的障害者も同じ人間なんだ、そう考えるところからスタートして
それならば弱者をどう保護し、導く事でもっと良い世の中にして行こうか?になる。
前に書いた、Winny有罪記事と根は同じ。
自分の事しか考えなかったら、世の中まともには動かん。
自分だけは普通で良かった、自分だけはまともで良かった、自分だけは自分だけは…
そう思う人間が大多数でいるうちは、な〜んも変わらん。
まずは自分の意識を変える。そこから初めて世界は変わる。
そうしてこそ、初めてこの知的障害者議論に向き合えるのではないかと思う。
17才の女の子が出来るんだ、同じ人間なら出来ない訳がないでしょ?

罪は罪。
裁かれるべきは、きちんと当たり前に裁かれる。
そうした上で、生きて行くために障害があるのなら、ベストの方法を模索する。
それが当たり前の事が当たり前に出来る、ホントの意味での『普通の』世の中。
そのために変わるべきなのは、僕らの意識ではないかと思う。

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コメント
じゃあんたが代わりに障害を背負ってくれ、と言いたくなりますね^^
一生子供なんて作らないでください・・・そしたら障害者も生まれませんからね。
  • ミュチ
  • 2008/02/06 11:18 PM
追記。

罪は罪だという上で、です。
最初から子供なんて作らなければ、障害者も生まれませんからね。
そういう事件の犯人以外の人間も叩かれるのなら。
  • ミュチ
  • 2008/02/06 11:22 PM
>ミュチさん
どうも初めまして。コメントありがとうございまっス!
ひっじょ〜〜〜〜に嬉しかったりしています。いやマジで。
…いや〜ホント、コメントありがとうです。
この記事って、リンク先の元記事をご覧になられたと思うのですが、
はてなブログの記事なんすよね。んではてなって論争が凄いじゃないっスか?
POOもそこに加わりたくてこの記事を書いて、トラバしたんですが、
いかんせん、はてな全員にスルーされてもうすぐ丸一年っスよ?!
一年掛けてミュチさんが初めてコメントくれたっう、もう賞味期限どころか、
消費期限すら切れている古ぼけたこんな記事に、よくぞ辿り着いてくれました!!!!
というワケで、まずは感謝のお言葉を。いや〜ホントありがとね♪

さて、ミュチさんがこの記事の偽善っぷりに怒ってらっしゃるのはよく理解しています。
果たして自分の子供が引用先にさるような、痴漢をする障害児だった場合、
ココで書いているような立派な態度でいれるかどうかってのは、
そういようとは思うものの、正直自信もありません。
そういう点では、ミュチさんの「この偽善者め!」というお怒りももっともで。
果たしてそういう境遇に自分がなってしまった時、ココで書いたような、
毅然とした態度でPOOがPOOでいられるのか?それを今後とも包み隠さずに
このブログで綴っていきたいと思ってますので、ぜひミュチさんには
時々監視に来て頂いて、POOが口だけの偽善者になっていると見受けられた時、
「あの時の大層な理想論は嘘か?お前はやっぱり口だけか?!」と、
POOを叱っていただければと思います。どうぞよろいく頼まれてやって下さい。
POOがPOOらしくあるために、今後とも厳しい御指摘、是非にお願い申し上げます。

では、本当に一年も前の記事にコメント、ありがとうございました。
  • POO
  • 2008/02/08 5:07 AM
17歳の子とは違う体験ですが、障害児学童保育のサークルを運営していたときに似た様な状況がありました。

他の子を叩く子を叱ったときに親から言われた言葉「わからないから仕方ない。許してあげて」。
叱ったことにクレームがついたわけですが、「じゃあ叱らない方がいいんですか?」と聞くと黙りました。

障害者が特別なんじゃなく、周りが特別扱いしすぎな気がしました。
彼らは、わからないんじゃなくてわかるスピードが遅いだけ。
理解力は幼児だけど、幼児のような成長スピード
ではないだけ。
基本的には幼児に接するのと同じように接すれば問題ありませんでした。
(もっと扱いの難しい障害の方もいらっしゃるので全てではないんですが)

子供が悪いことをしたら叱るのは普通のことだと思うんですけどね。
さすがに年相応の罰をというのは難しいとは思いますが、精神年齢相当の罰(叱る)がないとその子はずっと成長できないままになります。

17歳の方の話に出てくる親は、叱らない・甘やかすだけが愛情と勘違いしたバカ親だったんでしょうね。
  • ヤギ
  • 2009/11/05 2:21 PM
>ヤギさん
どもども初めまして。
真面目なコメント戴いてましたのに、長らくお返事出来ずにすいません。

さてさて。
仰る通りではないかと思いますです、反論の余地がドコにもない(笑
理解出来るまでに健常者に比べて時間がかかるから、根気の問題かと。
途中で投げ出すと、結局何で怒られていたのか分からないと思うんっスね。
だから理解できるまで何度でも本当は怒り続けなきゃいけないんだろうけど、
それを可哀想に思えたり、本音の部分では怒る側の忍耐が持たなかったりで、
最終的に投げ出す…、障害者なんだから優しくするのが当たり前でしょ?的な
思考に陥る事が、この問題の根っこのような気がします。
叱らない・甘やかす、その心理の底にはたぶんに「諦め」が混じってるんじゃないかと。
親だからこそ、我が子だからこそ、諦めてはいかんと思うのですが、
なかなかそうは行かないのが難しい所なんだろうなぁ、とも思いますが。

しかし、よく頑張ってサークルなど運営出来てましたよねぇ。
こうやってネットで書くだけの口だけ番長な僕より数百倍も偉いと思うし、
それゆえに仰る事がリアルに説得力を持っていて、頭が下がる思いです。
  • POO
  • 2009/11/16 9:37 AM

知的障害者があらゆる犯罪から免責されるのは明らかに過ちであると考える。
なぜなら自分が中学生の頃に学校に二人の知的障害者がいて知能レベルは同じだったが、一人は知的レベルが低いだけで他人を思いやる気持ちをもち、反社会的な行動をすることはなかったが、もう一人の知的障害者は常軌を逸脱した自己中心的性格の極みに至っており、自分が悪い場合でも悪口雑言で他人を中傷することの連続だったからだ。

はっきり言って知的障害者の犯罪は知的障害が原因ではないと考える。
彼らと社会が知的障害を理由に犯罪活動を正当化しているに過ぎないというのが実態だろう。
犯罪を犯す知的障害者は、その人生において知的障害を免罪符になんでも許される教育を受けた者に固有であると、自分は考える。
然るに親や教師が子供の障害を理由に正常な教育を放棄した場合に生じるのが知的障害者の犯罪であると言いたい。
そもそもノブレスオブリージュの考え方から明らかなように権利とは責任とともにあるべきものである。
故に責任を果たせない者に自由(権利)を与えること事態が過ちであり矛盾である。
さらに、パブロフの犬の実験でも知られるように犬でさえ罰を与えるこで善悪の認識は可能である。
したがってその意味においても知的障害が善悪の認識を不可能にするという主張は矛盾である。
むしろ知能が低いなら、なおさら罰を完全に避けて分からせる手段はないであろう。
また知的障害者のなかには無罪になる特権によって犯罪を繰り返す者も多い。
このことからも知的障害者だからといって罪を許容する社会そのものが知的障害者の犯罪を助長しているのは明らかだ。
繰り返すようだが自分は知的障害者に、狂った者が多い最大の理由は社会が知的障害の犯す罪を罪(悪)として認識しないことにあると考える。
故に自分は知的障害者の犯罪や我が儘を擁護する者は許せない。
偽善者のくだらない自慰のためにまるで関係のない人が犠牲になっていると思うと本当に残念であり、知的障害者の人権とやらが真面目に生活している人よりも遥かに重いと判断されているこの国の司法機関には興ざめである。
そもそも自分は電車等でマナーを守る気のない知的障害者をみると、不愉快だ。
障害によってマナーを守れないというなら電車に乗る権利は永久に破棄すべきだろう。ちなみに健常者のマナー違反者にも当然同じことが言える。

障害者には何の忍耐もなく大した努力も知らずに甘ったれ傲慢に満ちた精神くによる、くだらないオナニーで積み重ねてきた者の人生でぶち壊すのはやめてほしい。
また、それができない障害者に可哀想の一言で権利を許すのは、障害者が罪を犯しても偽善者の活動家に責任が問われないからである。
仮にオナニストである偽善者団体が障害者の罪を美化する活動を強化して、その結果、たくさんの人が被害にあったとしても彼ら偽善者は正義を笠に着て一切の責任を認めないだろう。
思うに偽善者にとって真実はねつ造の対象であって、自分達を美化するための権威に過ぎないのだろう。

知的障害者が罪に問われない理由は偽善者と狂った人間と思考停止の人間が多いからと考えられる。
  • M
  • 2010/06/23 5:11 AM
>Mさん
どうも初めまして。
熱のこもった、しっかりとしたコメントを戴きまして感激です。
いや〜、久々に読み応えのあるコメントで嬉しいですな♪

Mさんの持論は、ほぼPOOの持論と同じくするスタンスでのモノなので
この記事自体を書いた本人的にもすんなり納得出来るモノでして。
なんだろね、声高に人権とかを訴える人って。
物事の本質・行為の裏に潜む真実、そういうものを敢えて見ないで、
っうか無視して、自分たちの見たいものしか見てない…そんな印象を受けます。
自分たちの理論(実は論とも呼べない稚拙な感情)を振りかざして
正義ごっこ、小学校低学年レベルでの学級会、
そんな幼稚で「良い事してる自分素敵」に酔っているだけ。
そんなふうに見えて、本当に醜くてしょうがない。

Mさんも、そういう偽善ではなく、真に善とは何か?を
時々でいいから意識していってもらえると、日本も少しは変われるんじゃないか。
そう思っています。
  • POO
  • 2010/06/28 3:08 PM
俺には前にコメントした人のように素晴らしいことはなにも語れないけども、なんかこの記事とこの記事のコメントに励まされたよ...じつは今日、障害者とのあれこれで久しぶりにキレちまったんです。んで自己嫌悪に陥ってたんですが、気が晴れました。ありがとうございます。
  • 針井
  • 2010/09/15 8:19 PM
>針井さん
どもども初めまして。コメント有り難う御座いました。
いやいやいや、素晴らしい事ってそんな大した事は語ってないって。
悪いもんは悪いんじゃー!というのを、回りくどく書いてるだけで(苦笑

…何か、大変そうな出来事があったんでしょうかね?
あんま、気に病むのは良くないよ〜。
知的障害者全般が悪いヤツ、とは書くつもりも無いし、思ってもないですが
そんな簡単に話が通じる相手でもない、っていう現実は存在する訳で。
健常者同士でさえ、意志の疎通なんて無理な場合もあるんだし、
自分の言いたい事や伝えたい事が伝わらなかった、俺はダメなんだ〜!
そんな風に自分を責めるのは、むしろ、君はどんだけ万能だと思ってるのか?っつ話で(笑
人間は、そんな万能じゃない。
神様みたいに、テレパシーでピピピなんて出来る訳がない。
健常者、障害者を問わず、人間である以上は常に何処かが、何かが、
不健全であり、不完璧であり、欠陥を抱えて生きてるもんです。
そう考えれば、少なくても自分を責める必要は無いっス。
逆によ?
責めるんじゃなく、不完全な自分に気が付かされた!
ならば、むしろ今からこの不完全な部分を修正して克服していけば、
俺はますますパーフェクトに近づくんじゃね?
ひゃっはー、無敵の明日は近いぜ!とか考えた方が断然良い。
辛い事を噛み締めたり、未熟さを呪う事もあるけれど、それでも生きてる。
知能が低かろうと、高かろうと、健常だろうと、障害だろうと。
そんな事は関係ない。不完全なら完全に、悪いんなら良い方に。悪よりは善に。
そうやって昨日よりは今日。今日よりは明日。そう思って頑張ろうよ、お互いに。ね?
  • POO
  • 2010/09/16 6:40 AM
古い記事にコメントごめんなさい。
(知的)障害者と犯罪に関して調べているなか、この記事を見つけました。

pooさんの主張に、概ね賛成します。
その上で二点、言いたいことがあります。

一点目。
これは僕個人が差別的な考え方を持っているのでそう言うのですが、
健常者>障害者 という考え方が間違っているとは思わない、という点です。
健常者に余裕があるから、障害者に対してある程度思慮ある行動が取ることができる、
という考えが根本にあるので、
健常者と障害者が同じ立ち位置にいるなど理解も納得もできません。
もし仮に、健常者が困っていて、障害者がそれを助ける、という事態が
あったとしたら、それは僕の中では 障害者>健常者 となります。
ただ社会全体を見た時に、そういう事態になるよりは、
余裕のある健常者が障害者を支えている場面のほうが多いと、
あくまで主観ですが感じるところが多いので、
健常者>障害者 が正しいのだと信じているのです。
また、社会に対してどうしてほしいか意見を求めることと、
その意見に沿えるように社会を変えていくこと。
前者は社会的弱者でもできますが、
後者は社会的弱者ではできません。
そりゃ一部はできるでしょうけど、
その変えていくこと全体を通してできるのは弱者ではなく強者の立場でしょうし、
できるなら別に弱者じゃないよね、とも思うんです。
そういう点からも 健常者>障害者 なんじゃないかなと。

二点目。
この記事に当たるまでに、2ちゃんねるやその他の掲示板、ヤフーの知恵袋など、
匿名で言いたい放題のとこを見てきたのですが、
そういうところでだと、障害者にそれなりの制限もしくは相当の刑罰を、
という意見が多く、また賛同を得られているようでした。
こういう意見を名前のある、つまり識者だとかどこそこ新聞だとかなんとかテレビだとかに
なった瞬間に聞かなくなるというのは、仕方ない面も腹立たしい面も。
そういう発言がバッシングの対象になるから言えない、というのも、
またそういう発言が行き過ぎて全体主義的になるのが怖い、というのも
どちらも理解できるし仕方のないことです。
でも発言力のあるあんたらがそんなだから、いつまで経ってもこんななんじゃないか、
という私憤(あくまで僕個人が苛立つから私憤の範囲とします)もあるわけです。

上記二点は、あくまで差別的な僕が僕の意見を、自分の中でまとめるために
どこかに吐き出したいっていうのがあって、
それをたまたまここにぶつける形になってしまったのですが。
不愉快だったりしたら消してくださいね。

コメントしてる他のかたの意見も含めて参考になりました。
ありがとうございました。
  • 本棚
  • 2016/07/27 7:11 AM
>本棚さん

どもども、コメントありがとうございまっス。

古い記事でしたが、何かしらの参考になったのであれば幸いです。

で、1点目についてなんですが、
これはぶっちゃけると「読んだ人間を揺さぶるためのブラフ」ですな。
この記事を書いた当時は、文章でどこまで人を動かせることが出来るのか?
みたいな阿呆なことを考えていた時期で、冷静な論理的攻め方ではなく、
感情的な本能の面を攻めて、お前の持っている常識は本当に正しいのか?と
読み手自身にもう一度考えてもらいたい、という目論見がありまして。

いやいや、でも「罪と罰の等価交換」という意見は今でも僕の中にありますよ?
やったことに対する報いは甘んじて受けろ、というのは変らぬ信念です。
そこに障害者も健常者も変りはないんじゃ〜と、今も思っておりますです。

2点目は、まぁ、そうね。
ネットで論争を探ると、まぁそうなるよね、って感じでしょうか(苦笑
自論を通すには、強くなるしかないのです。
権力、肩書き、知恵、知識、財産。
何でもいいんですが、ひとよりそれらを多く所有している者が
よじ登って這い蹲って引き摺り落として、やっと得た席から力を振るえる訳で。
本棚さんに、まだそれらが足りないんでしょうなぁ。
なので、こういったトコで吐き出してスッキリされたんでしょうが、
いやまぁ、場末のブログなんで、そんなことでもお役に立てて幸いです。

何か出来ることがあれば、遠慮なく。

ではでは。
  • POO
  • 2016/08/08 4:43 PM
はじめまして。知的障害者について検索していたところこちらにたどり着きました。
私も知的障害者の方々と仕事をする機会を得てとても戸惑っています。優しく普通に接していればいいと思っていたのですが、中には変な敵意を持ち毎日悪口を言い続ける知的障害者の方がいて、我慢もそろそろ限界という感じになっています。私は特にその人に悪いことをしたわけでもないのに、その人の感情的なことで一方的に悪口雑言を言われ続けるというのはけっこうストレスになります。上司の人に注意してもらっても一時的に止まるだけでまた始まります。知的障害があるからと私も遠慮して怒らなかったのですがそれはまちがっていたようにこちらの意見を拝見して思いました。さすがに暴力はいけませんが、人の悪口を仕事中に言うことについては注意したいと思います。たぶんなかなか理解できないと思うので時間がかかることでしょうね。
福祉関係の仕事を以前はしてみたいと思っていましたが私には無理ということもわかりました。
  • 三段box
  • 2016/11/23 9:52 AM
>三段boxさん

どもども、コメントありがとうございまっス。

ん〜、三段さんのそれは心理学でいうとこの「期待の裏返し」ですよね。
1)こちらが優しく愛情を持って接する
2)それなのに相手は敵意を剥き出しにする
3)自分の友愛の気持ちが伝わらない
4)分からない、分かろうとしない相手が悪い
5)もうそんな場に近づかない事で自己防衛する

…単純にいうと、ただコレだけの話なのでは?
人と人は理解し合える、なんてのはただの幻想です。
だって、このブログに書いてあることすら
三段さんは理解しようとしてないでしょ?(苦笑
そんな幻想を盾に、自分の想いが伝わらないから相手が悪い、
自分は悪くないという強弁をするなら、それは障害者の方と何が違うんでしょうか。
管理人は、大変申し訳ないんですが、三段さんにはまったく賛同出来ません。
悪口を、例え毎日だろうが、言われたぐらいで投げ出すなら、
所詮そこまでの甘くヌルい覚悟しかなかっただけでしょう?
それを棚に上げて、目の前から遠ざけて、相手手が悪い。
そんなただの弱音をこんなトコで吐いて、三段さんに何か成長があるのでしょうか。
無いでしょう(苦笑

ま、こんなところだから愚痴っていきたかったんでしょうが、
ま、それは好きになってもらって構わないと思います。

が、管理人が相手をするかどうかは、また別の話なので。

ではでは。
  • POO
  • 2016/11/23 2:34 PM
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