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63年間の思考停止。

JUGEMテーマ:日記・一般


今日という日にちょっと真面目に読んでほしい記事をご紹介。
もうね、いいんじゃないかと思うのですよ、そろそろちゃんと考え始めても。
今回はただキッカケを掴んでほしいので、POOの持論は封印します。
コメント欄で論争をふっかけられても200%黙殺します、相手しません。
そのうち、機会を設けてこの事についてはきちんと自分の言葉で文章にしますんで。
ただ2つだけ、POOの真意を代弁してくれていた2chのコメントを最後に掲載。
もういいじゃん、63年間も逃げまくって来たんだしさ。もう逃げないでおこうよ。
そろそろホント、前向こうよ。
【正論:阿川尚之 終戦は日本の「選択」だった】
1945年8月15日、昭和天皇が国民にポツダム宣言受諾を告げ、3年8カ月に及ぶアメリカとの戦争がようやく終わった。それから63回目の夏がやって来た。
 日本は完膚なきまでアメリカに叩きのめされ、この戦に敗れた。海路をすべて遮断され、空襲で徹底的に破壊され、最後は原爆を2発落とされて、なす術がなかった。戦争遂行能力どころか、国民の生存に最低限必要な物資・食糧が底をついた。
 おびただしい数の人が死んだ。台湾、朝鮮をはじめ、近代以降日本が獲得したすべての領土と権益を失った。残された本土は占領下に置かれ、日本は主権を一時失った。完敗であった。
 ところで「終戦の詔勅」以来、「敗戦」はずっと「終戦」と呼ばれている。日本人は不都合な真実をあいまいな言葉で糊塗(こと)するのが得意だ。「終戦」という言葉が定着したのは、戦争に負けたと言いたくない政府の意図を、多くの国民が共有したからだろう。右の陣営も左の陣営も、敗戦という言葉を避ける点において、奇妙に軌を一にしている。
 右の勢力はアメリカに負けたのが悔しくてならない。したがって彼らは、アメリカが卑劣な手段で日本を戦に追い込み、その上で予定どおり壊滅させたのだと説明する。真珠湾攻撃はルーズベルトの陰謀だった。日本人に対する人種差別ゆえにアメリカは広島へ原爆を落とした。日本は自衛のため戦わざるを得なかった。そう主張する。

≪「負け」を率直に認める≫
 一方左の勢力は、無謀な戦争を起こしたのは天皇の下の政府と軍部であり、国民は犠牲者に過ぎないと主張する。自分たちは戦争を望まなかった。したがって負けた責任はない。とにかく戦争は終わったのだから、それで十分だ。今後憲法9条を守り戦争にかかわらないでさえいれば、平和は守れる。そう信じる。
 しかしどちらの言い分にも無理がある。挑発したアメリカが悪いといくら言ってみても、負けたという事実は動かせない。靖国神社の遊就館は、本来、戦勝記念博物館である。ところが勝つはずの大東亜戦争に敗れてしまったものだから、うまく説明できないでいる。
 悪いのは軍人で国民は関係ないというのも、事実と異なる。無謀な戦争を遂行した軍部の指導者は万死に値するが、同時に多くの国民がそれを支持し、熱狂し、武器を取って戦った。負けたあとで犠牲者を装うのは、卑怯だ。戦後一貫して平和主義を標榜(ひょうぼう)する多くの新聞も、戦争中は国民を大いに煽(あお)った。
 戦争に負けて真っ先にすべきは、敗戦の原因を徹底的に分析し、責任者を処分し、次の戦争には決して負けない備えをすることである。それをしないで、本当は負けていない、悪いのはアメリカだ、自分たちは犠牲者に過ぎないなどと、60年間ぶつぶつ言い続けるのは、潔くないし、何の役にも立たない。
 負けは負けと率直に認め、そのうえで最善の策を取らねばならない。

≪他人のせいにはしない≫
 その点、多少遅きに失したとはいえ、1945年の夏、昭和天皇とその周辺はポツダム宣言を受諾し、日本の生存を確保した。その後吉田茂が、「戦争に負けても外交に勝った国はある」と言って、アメリカとの同盟を選択し、講和を結んだ。ポツダム宣言受諾は屈辱に満ちた決定であったし、1951年の講和もさまざまな批判を浴びた。
 それにもかかわらず、この二つの決断は戦を終わらせ、主権を回復するために、理想的ではないが、主体的で正しい選択であった。戦後のすべてはそこから始まった。
 8月15日は、単に敗戦の屈辱を思い戦前を賛美する日ではない。自らを犠牲者とみなし、一国平和主義へ逃げ込む日でもない。そうではなく、何人かの勇気ある指導者が敗戦の現実を直視し、ぎりぎりの選択をしてあの日戦争を終わらせた。改めてそうとらえてこそ、単なる敗戦の日ではなく、真の意味での「終戦」記念日なのである。
 敗戦から63年、日本人はこれらの選択の結果を生きている。決していいことばかりではない。状況はさらに悪化するかもしれない。
 それでもなお、与えられた状況のなかでベストを尽くす。好ましくない結果が出ても、それを他人のせいにせず、自らができることを行う。難しい問題を抱える現在の我々も、終戦の困難に立ち向かった人々の凛々(りり)しい態度に学びたい。
 63回目の終戦記念日に、そう思う。
 (あがわ なおゆき=慶応大学教授)
(ソース元/産経MSN:iza)



347 名前:名無しさん@九周年 投稿日:2008/08/11(月) 12:07:56
誰も戦争を望んだりはしない
しかし、日本が何もしなくても火の粉は降ってくる
それを防ぐ盾まで投げ捨てるのは、単なる馬鹿だ


358 名前:名無しさん@九周年 投稿日:2008/08/11(月) 12:09:27
この考えは政治家の言葉から聞きたかった

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