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  • 2016.08.26 Friday
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490000HIT御礼。



当ブログ来場者数が49万アクセスを突破致しまして、恒例の自作画像をペタリ。
お目汚しではありますが、御訪問頂いた皆様方への御礼代わりとさせて頂きまっス。

しかし昨日のWBC決勝戦は凄かったなぁ〜…何だあの10回表のイチローの打席は!?
高め低め外ボール球…ドコに投げてもファールでカットされまくって、
根負けしてど真ん中投げたら逆転2塁打なんて、あんなもんは人間技じゃねぇ…!
日頃は野球なんか観ないし、特定の応援球団とかあるワケじゃないんだが、
侍JAPANのニ連覇にはさすがに興奮してしまったPOOでございまスた。
そんな侍ブームに乗っかって?、今回のキリ番御礼独白は侍の教科書と言われた
「葉隠」の有名な一節「武士道と云ふうは死ぬ事と見つけたり」をチョイスして、
「死」について、ひっさびさに超長文で語らせてもらおうかと思いまっス。
「武士道=人の生きる道」の中で「死」とはいったい何なのか?
どんなに権力を握っている人間でも、どんなに金を持っている人間でも
絶対に逃れられる事の出来ないたったひとつの不変の宿命、「人間は必ず死ぬ」。
人はこの世に生まれた瞬間から死に向かっている存在ともいえる。
この論法だけはどんなにPOOが嫌いだろうが何人たりとも論破する事は出来ない。
絶対普遍のたったひとつの真実。
けどおかしなもので、僕らはごくごく当たり前なその事実を、
いつも「遥かに遠いモノ」だと思い、他人事の様に目を逸らして生きている。
ぶっちゃけて書くなら「自分には関係が無い、というフリ」をして誤魔化している。
死なんてものは何十年も先の事だ、少なくても今の自分が考える必要も無い、
その時が来たらまぁ考えるさ、なんて多くの人は…いや、ほとんどの人は考えてる。
本当にそうか?死はあなたにとってそんなに遠いモノか?
POOが考える「死」考察論っうヨタ話を、今夜は酒の肴にしてお付き合い下さい。

ではでは皆様方、49万HIT本当に有難う御座います。
先日、某超大手サイトにココが紹介されて3日間で2万アクセス以上を記録っう、
とんでもない跳ね上がり方しまして、実数ではもう54万近くまでいってますが
ま、のんびり御礼企画シリーズは更新していこうかと思います。
…毎回毎回こんな長文書くとカラダが持たんくて、それこそ「死」んでしまう(苦笑
「人は必ず死ぬ」。
この命題にちょっと待った!の声を掛ける人はいないと思う。
思う、って敢えて半断言型にしてるのは宗教系の人が絡らむとややこしいから(笑
事前に防衛策をしておくと、宗教的な意味で魂は永遠に不滅です!とかっていう、
寝言…もとい精神論はどうでも良くって、まぁ死ぬわなぁ人間ってのは。
例外なんて無い。
それでもスピリチュアル思想に毒された奴等は「輪廻転生」とか「死後の魂」とか、
「生まれ変わり」とか「幽霊の存在はど〜なんだ?」とか反論してきそうだ(苦笑
10年以上オカ板住人として生活してて、ガキの頃から筋金入りのオカルトマニアな
POOだけれども、ソコんトコだけはハッキリさせておこうじゃないか。
死んだら【無】だ。
何にも無い。残るものなんてものは無い。
後に残された人達の心の中に残る、という意味では確かに残す物はあるけれどね。
幽霊の正体ってのはありゃ一種の残留思念だと考えている。人の念ってやつ。
怖いのは遺された思念じゃなく、ソレを増幅させる生きている人間の方なんだけど
この手の話をすると本題からズレていくんで、また今度機会があれば。
人は必ず死ぬし、死んだら無。終わり。終了。
それ以上でもそれ以下でもない、っていう極々自然な事なんだけれどなぁ…。
その「全ての終わり」が果たして「いつ」なのか?それが伏せられているだけの話。
終わりが来るのが5分後なのか、3年後なのか、15年後なのか、80年後なのか。
それだけは誰にも分からないけど、必ずその時は来る。
俺も君も必ず死ぬ。
それだけは間違いが無い、たったひとつの現実なんだ。


「葉隠」を特攻精神に結び付ける奴はただの「バカ」。
さて、今回枕題にした「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」なんですが、
この言葉まぁよく例に出されるわな。左も右も自虐史観も売国奴も関係無しに(苦笑
いわく、「死ぬ事と見つけたり=死ぬ事が素晴らしい事なんだ!」とか
いわく、「死ぬ事を見つけたり=大儀や思想、君主のために殉ずるのが大事!」とか
いわく、「死ぬ事と見つけたり=そんな野蛮な思想は葬り去らなければ!」とか
そういう奴等をまとめて燃えないゴミの日に出したいっス。マジで。
こういう事を言う人達ってのは【自分は国語が出来ません】って言ってるのと同じ。
さらに言うと【物事の真意を考える能力が皆無で表面しか理解出来ません】と
背中にも顔にも大書きして歩いているのと同じなので、大いに軽蔑してよろしい。
POOはもう大昔から、こういうバカ共に「知識人・見識者・社会派」っていう
肩書きがあるのがホント〜に不思議で不思議でしょうがなかった。
だって日本語理解出来て無いじゃん?だって国語の成績ゼロじゃん?って。
…おいおいおい、お前は偉そうな事言ってるけど、じゃあ何なんだよ元の意味は!?
そういうツッコミが来そうなんで、もう解答しておく。
どいつもこいつも「死ぬ事」の定義が間違っている。
数学的に例えるなら、証明するべき方程式の仮定解答を取り間違えてるから、
何をどうやって回答しようが、全部ゼロ点てな感じかね。
時間のムダ、ってヤツ。
国語的に例えるなら、死ぬ事という言葉が指し示す本来の文脈を探し当てれてない。
何をどう嵌め込もうが、小論文のテストなら全員ゼロ点てな感じだわ。
小学校からやり直し、ってヤツ。
死ぬ事、という言葉を表面通りに「死」と読み取るヤツは、
省略されているが確かに存在する前後の文脈を読み取る能力に欠けている。
そういう奴等を、ただの「バカ」と言わずしてどう言えばいい?


まずは「葉隠」の表層を読む
人間は必ず死ぬ。
いつか必ず「終わり」を迎える事は宿命付けられている。
そりゃPOOだって死ぬのはイヤだ。出来る事ならば死にたくはないさぁね。
でも死ぬ。
泣こうが喚こうが必ず死ぬ。
いつか分からないけど絶対に死ぬ。
老衰で死ぬのか、肺ガンで死ぬのか、ダンプに刎ねられて死ぬのか、腹上死か。
何が原因か分からんけれど、確実に死ぬ。
腹上死がいいかなぁ〜…と思った男子!アレは相当キツいらしいぞ?
結局ただの心臓麻痺だからな、シチュエーションが特異なだけで。
決して気持ち良いまま死ねるワケじゃないからPOOは御免蒙りたいっス。うひょ。
さて、腹上死の感想じゃなくて「葉隠」の言葉の真意に迫ろうじゃないか(苦笑
戦争も飢餓も無い現代日本でも、人は死ぬワケだ。
ならば戦争に明け暮れていた戦国時代なんてのはもっと死が身近だったハズで、
腹上死、なんて悠長な事を言ってるヒマなんぞ無かったのは容易に想像出来るかと。
戦の最前線で戦ってた武士には、現代人よりもっと近くに「ゴール」が見えてたワケ。
ゴールって何だPOOよ?
人生の、な。
武士に生まれた以上、死ぬ事は必然だったワケですよ。
戦で死ぬ。それが武士という職業が犯さなければならない最大のリスクだったワケ。
もちろん一兵卒が戦なんかを決めれる立場にあるワケがない。
殿様が「出陣じゃ〜」と言えば、付いて行くのが武士っう職業だっただけの話で。
死にたくね〜!って拒否すれば、お手打ち。要するに仲間に殺される。
かといって出陣したらしたで、敵兵に殺される危険性も出てくる。
戦に行こうが行かまいが、死から逃れる事が非常に難しいのが武士という存在。
そりゃ、そんな状況じゃ「武士っう職をやるっちゅう事はだなぁ、
どっちに転んでも死ぬしかねぇって事じゃね?」とも言いたくなるわなぁ。
だから葉隠の作者、山本常朝も【我人、生くる事が好きなり】と後述してるワケよ。
「俺だって人間だ、生きてる方が好きに決まってんじゃねぇ〜かボケェ!」って。
…こうなってくると勇ましい意味合いで使われていたハズの言葉が、
実は単なる侍のボヤキ、ぶっちゃければ「愚痴」にしか読めて来なくね?(笑
まぁ愚痴ってのは言い過ぎなんだけれど、書いた本人が自ら「死にたかねぇ〜」って
言ってるんだから、死を美化したり推奨してるのは100%間違いなワケよ。
「サムライっちゅうのは辛れぇ仕事だなぁオイ。死が近いしよ〜。でも頑張んべ〜」
これが葉隠のあの言葉の意味なんだよ、単純にさ。
な〜んにも複雑な思想なんて秘められてない。


「死ぬ事」の前後の文脈を探る
さぁ、ここからは国語の勉強だ。
葉隠のあの言葉が、実はまったくもって単純に読解出来るというのは説明したが、
戦国時代のサムライによるただのボヤキで済むのだったら、
何も口伝(葉隠は読み終えたら燃やして残すなと言い伝えられてた)する意味がない。
そこに何かしらの「教え」がある言葉だから武士から武士に伝えられていた、
もしくは武士から武士に伝えなければいけなかった、ワケであって。
何か隠された意味が、必ず何処かにある…さて、何処か?
うん、小論文のテストだな(笑
こういう場合は、キーとなる単語をまずは探り当てないとどうにもならん。
この言葉の場合は間違い無く「死ぬ事」になる。
そのキーをヒントに読み解くと、まず「武士にとって死は当たり前の事」と読める。
この場合、率直に次のような疑問が湧いてこないと、国語赤点決定だぜ。
「だから?」
そう、この「オチ」を求める思考が国語の場合は大変重要なのだ。
だってさ、このままだと「言いたい事は分かる。で?」としか読み進めないワケだ。
となると、次に進むべき読み解く先は「当たり前の事」の後側になる。
「当たり前の事。だから…」か、もしくは「当たり前の事。しかし…」というふうに、
隠された文章が後半に続かないと、文章としては破綻しているのよ。
今のままだと「だから何やねん、ハッキリ言えやゴラァ!」で終わってしまうからね。
さぁ、そこに続く言葉が一体なんなのか?
これを引き出してこそ、この葉隠を完全に理解した!と言えるワケですな。


「死ぬ事」は本当は逆接語。
逆接語、もしくは逆接、というのは分かるかいな?
国語の授業だから…小学校高学年か、遅くても中学生で勉強してるハズだけど。
まぁPOOも20数年前の事なんで、間違うと恥ずかしいからおさらいしとこうか(苦笑

【逆接】
二つの文や句につながりがあるとき、前で述べられることから予想されることとは反対のことや食い違うことが述べられているとき、両者の関係は「逆接」であるという。
例:一生懸命勉強したが、試験に失敗した。


前項で、葉隠の言葉には隠されたもう一文がある、という所までは解説した。
それが意味を逆転させる逆接なのか、意味を補強する順接なのか?が問題なワケ。
仮に同じ意味合いの言葉を続ける順接だとしよう。

「サムライっちゅうのは辛れぇ仕事だなぁオイ。死が近いしよ〜。」
「いやぁサムライっちゅうんはホンマ辛い仕事やなぁ〜、よ〜け死んでまいよるし」

…まったく意味が無い。
どっちかがボケろや!とツッコミ入れたくなるぐらい、本当に無意味な文章(笑
なもんだから、順接の可能性は限り無く低い、と読むしかないわなぁ。
となるともうひとつの可能性である逆接だとどうなるか?

「サムライっちゅうのは辛れぇ仕事だなぁオイ。死が近いしよ〜。」
「いやいや、あんたそんな事言うけどなサムライだってエエ事いっぱいあるがな!」
「ほう、例えばどんなトコや?」
「まず刀持てるやろ?この刀っちゅうのがエエんですわ。人殺せるしな」
「なにぃ?あんたは最近、城下町で噂になってるあの…」
「そうそう、こうやって後ろからバッサリ…って誰が辻切りやねん!」

…ね?文章としては続くワケ、逆接なら。この仮の会話に意味はまったくないが(笑
さて、しょうもない例え漫才から離れて、本来の言葉を読み進めてみよう。
「武士道」という単語は一種の指針を指すのは分かるかと。
武士として生きるならば…という方針というか哲学の総称を意味するワケ。
んじゃ、ココには逆接が当てはまらない。
次は「見つけたり」の辺りを考えてみると、これもまた違う。
武士の方針を見つけたけどやっぱり見つからなかった、じゃ日本語が成立しない。
そんな抽象的なアホの子みたいな文章書くのはPOOだけで十分じゃ(自爆
そしたら残ってるポイントは「死ぬ事」しかない。
表面だけの意味じゃなく、実はそのもう一枚下に「死ぬ事=逆接な何か」という意味。
それを持っているのが、この葉隠の言葉なんじゃないか?と仮定出来る。
もう後は単純だよな?「死ぬ」の逆接は何なのか?ってだけだから。
そう、答えは「生きる」。
この葉隠の言葉は単純に「死ぬ事」を推奨してる愛国的な妄信寝言の類いじゃなくて、
「どうやって死ぬか?=どう生きるか?」を諭しているワケなんですよ。


「葉隠」の真意。
侍は死にやすい人生だ。
死というゴールが他の者よりも圧倒的な最短距離でやってくる。
いつ死んでもおかしくないのが、俺等サムライだ。
だから常に死を意識しよう、だってすごそこに死があるんだから。
だから常にどうやって死ぬのか?って考えとこう。ゴールはすぐそこだから。
だから常に他人に恥ずかしくないよう立派に生きよう。ゴールまであと僅かだし。
だから常に必死に一生懸命に振る舞おう、ゴールを迎えるあと少しの間だけは。
だから常に胸を張って生きよう、ゴールはもうソコに見えているんだから。

…これが葉隠の「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の真意なのですよ。
「死」というものを職業的な感覚以上にさらに常に身近に意識する事で、
いつ死んでもおかしくないように。
いつ死んでも笑われないように。
いつ死んでも悔いを残さない様に。
いつ死んでも満足出来るように。
これらを日々考えて立派に生きる事。それが武士道ってもんじゃないのか?
そう強烈に問いかけているのが、あの言葉なワケですよ。

人は必ず死ぬ、だけどまだ遠い所にありそうな気がして自分に関係無いフリすんな!
そんな悠長にダラダラ構えているから緊張感もなく、漫然としてるんだ!
お前、俺は今生きてる〜ッ!っていう実感あるのか?無いだろ!?
それは自分は今はまだ死なない…まだまだ「終わり」が来ないって思ってるだろ!?
もし明日の朝6時ちょうどにお前が死ぬとする。
だったら、今のお前みたいにダラダラしてるか?
必死に自分が生きた証ってのをリミットの6時までに残そうとするだろう!??
悔いのないように、思い残す事のないように、必死に何かをやるだろう!??
僅かな時間でも密度の濃い、十分生きたぜ!っていう生活をするだろう!??
そうやって生きて、そしていつでも死んでいいようにしておく。
いつ死んでも胸張れるように、毎日を必死に生きる。
それが武士だろうが!!!
それが国や家族を守り仕事や仲間を大事にしていく「男」ってもんじゃないのか!!!?
男なんだったら、毎日死を意識しろよ!
死ぬ間際に必死になる様に、毎日そうやって生きてみろよ!
いつだって全力投球、当たり前じゃそんなもんッ!
生きるって事はな、さぁ死ぬぞ!っうぐらいの気概でブチ当たるもんなんじゃい!!
いつでも死ねるって事はな、それまでの人生悔いが無いから出来る事なんじゃい!!
いつでも死ねるようにお前は悔いの無い生き方、今、してるか?!
してなかったら、今直ぐしろ!


「死」=「生」。
どんな物事にも終わりがある。
どんな人物にも最期が来る。
でもその最中には、そんな事はあんまり考えていないのが人間だったりする。
考えていても、直視するのが怖かったりするのが人間だ。
終わる事を考えないでおこう、終わる事は想像しないでおこう。
こうやって「終わり」から逃げるだけでは、どうにもならないんじゃないかと思う。
見たく無いもの、聴きたく無いもの、感じたく無いもの。
色んな物から目を背けて、心を閉ざして、気付かないフリをして生きる事は出来る。
見たいもの、聴きたい言葉、感じたいもの。
それだけを渇望して、それ以外のものを受け取らないで生きる事は出来る。
でも。
そんな人生は、はたして本当の意味で「生きている」と言えるだろうか。
そんな人生は、「死んでいる」のと同じなんじゃないだろうか。
辛い、苦しい、哀しい、寂しい。
生きて行くっていうのは、決して思い通りになるもんじゃない。
むしろ、イヤな事ばっかりかもしれない。
でも。
そんな人生だからって投げ出したら、はたしてそれは「生きている」んだろうか。
人は必ず死ぬ。
善いヤツも、好きなヤツも、悪いヤツも、嫌いなヤツも、みんないつか死ぬ。
そして自分も必ず死ぬ。
いつになるか分からないだけで。
5分後なのか、3年後なのか、15年後なのか、80年後なのか。
5分しかないから必死になればいいのか。
80年あるからまだのんびりしてていいのか。
そうやって生きても80年の方が充実したか?って問えば、はたしてどうだろう。
たった5分でも最高に充実した人生と、80年でも何も満足出来ない人生。
どっちを選ぶ?と聞かれたら、5分を選びたい。
死ぬ時に、あぁ俺は満足だったよ思い残す事は何も無い、と言って死にたい。
死ぬ時は、もう一度自分に生まれ変わって同じ人生歩きたい、と願って死にたい。
そう思って初めて【じゃあ、どうやって生きるのか俺?】と考え出す。
死を意識して初めて、生を意識する。
漠然と生きるのは、屍みたいなものじゃないかと思う。
人は必ず屍になるけれど、それは今じゃなくてもいつかはなるんだから、
何も今から屍になる必要もねぇんじゃね?と思う。
如何に死ぬか?
それを考える事が、如何に生きるかを考える事に繋がるんじゃないだろうか。
こう死にたいと考える事が、こう生きたいと考える事なんじゃないだろうか。

あなたにとっての「死ぬ事」とは、見つかりましたか?
僕はもう、見つけてあります。
武士道なんて大層なモノじゃないけれど、それでも自分には大切な道です。

あなたはどうやって生きて、どうやって死にますか?
僕はもう、決めています。
武士道とは比べ物にならないぐらい木っ端でちっぽけなものだけど。

終わりは必ずやって来ます。あなたはどうしますか?
その時が来るまで考えませんか?それともその時が来る前に考えますか?

これからの人生、あなたはどうしますか?
生きながらにして死にますか?それとも死ぬために生きますか?

さぁどうする?どうしたい?どうありたい?どう生きたい?どう死にたい?

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  • 2016.08.26 Friday
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  • 23:39
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コメント
むっひょ。
なんか昔俺が会社で発表したのと同じ様なことが書かれてある・・・

オイラ「北斗の拳」がバイブルだと言った事あったよね。それはね。みんなカッコいいんだよね。なんでカッコいいんだろう?と研究したの。そしたらわかった。死に際に笑ってるヤツがカッコいいんだ。主要キャラは大体笑って死んでるんだよね。それを気づかせてくれたのよね。
だから、それに気づいた時から俺の人生の目標は「笑って死ぬ事」になった。
例え道半ばでもいい。後に託せる人がいればいい。そういう人と友人になろう。
例え轢かれそうになった犬を助けて死んでも良い。その行動を、その人生を、伝えればいいや。
そう生きようと日々思ってますよ。実践できてるかどうかは不明だけど。まぁ志はそうだね。
ルパン風に言うと「背中で泣いてる男の美学」ですな。そうありたい。

でも。でも・・・
ルパンつながりで行くと、俺の中で藤原紀香は峰不二子。つまり永遠の理想の小悪魔的女性ってことでしょうか。藤原紀香が離婚したから書くんだが・・・紀香に誘惑されたらそんな志吹っ飛ぶような気がする。
俺って所詮そんなもんさwww
  • VFR-rider
  • 2009/03/27 4:04 PM
>ライダー兄さん
うひょひょ、会社の発表会っスか!俺より根性あるかも。
こういうブログで書いてる事を人前で言うには、まぁぶっちゃけ抵抗がw
だから独白、なんっう名前が付いてるんだけど。うひょ。

ルパンっうと俺はもう黙ってられなくなっちゃうじゃね〜かYO!
うん、語りたいがその前に仕事せんと(自爆
しかし、無限の世界がありたいですな、俺達的にはwwwww
  • POO
  • 2009/03/29 2:46 AM
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